2018年7月13日金曜日

第21章 「さまざまなこと」の294、295詩についての考察

7/13午後3時50分ごろ、文章訂正

第21章 「さまざまなことの294、295詩についての考察

詩番号 294、295
***(元データ)*************
294) (「妄愛」という)母と(「われありという慢心」である)父とを滅ぼし、(永久に存在するという見解と滅びて無くなるという見解という)二人の武家の王を滅ぼし、(主観的機官と客観的対象とあわせて十二の領域である)国土と(「喜び貪り」という)従臣とを滅ぼして、バラモンは汚れなしに赴く。

295) (「妄愛」という)母と(「われありという慢心」である)父とを滅ぼし、(永久に存在するという見解と滅びて無くなるという見解という)二人の、学問を誇るバラモン王を滅ぼし、第五には(「疑い」という)虎を滅ぼして、バラモンは汚れなしに赴く。
***(判定)*************
294)D
295)D
***(コメント)*************
 この二つの詩は、中村氏の注釈が非常に多く、すべてがブッダゴーサの注釈を日本語で紹介している感じです。また、後代に出来上がった仏教教義を彷彿させる内容です。
 これらの事から考えても、両詩は、お釈迦様が起因ではなく、ブッダゴーサが起因ではないかと、私は考えています。両方の詩ともに、似たことが書いてありますが、残念ながら整合が取れず、さっぱり意味不明です。
 もし仮に、ブッダゴーサがこの二つの詩を作ったとして、なぜ、みすみす、少し考えれば、「頭、おかしいんじゃない?」とわかる、この二つの詩を並べておいたのでしょうか?
 さっぱり、この二つの詩の作られた目的が定かではありません。

 仕方ないので、(…)の部分を取って、文章のスキームを見てみましょう。

1、母と父とを滅ぼし、二人の武家の王を滅ぼし、12の国土と従臣とを滅ぼして、バラモンは汚れなしに赴く。

2、母と父とを滅ぼし、二人の学問を誇るバラモン王を滅ぼし、第五には虎を滅ぼして、バラモンは汚れなしに赴く。

 何だか、相当やばそうな暗号もどきが出てきました。仏魔がバラモンに殺害命令を出しているのでしょうか?この整合性のない二つの詩が並ぶということは、我々一般人にはわからない暗号ではないかと、私は推察します。
 武家の家を滅ぼし、国土を奪い、次に学問をつかさどる家を滅ぼし、最後には虎を滅せ!という暗号ではないかと思うのです。
 現在は、学問がそろそろ陥落しそうですが、滅びた感じの武家が復活の兆しがあるようにも感じます。学問の家系では、どうしてもオウム真理教の死刑確定までは持っていけても、執行ができなかったのです。武家が復活してこないとには、どうにもなりません。しかし、2018/7/6に、教祖を始め計7名の死刑が執行できたのは、日本に今までとは違う武家の風が吹いたとしか、考えられません。もちろん、上川陽子法務大臣と政権のご尽力が大きいと思っております。

 話は変わりますが、以前、ロシアに素晴らしい経典らしき教えがあるという記事を、どこかのブログで読んだことがあるのです。でも、私は「ロシアって、寒いし、なんとか食べ物を得て生活するのがやっとというイメージの上に、後進国でしょって感じなのです。文化的に、聖書やお経を超えるものがあるのかしら?と考えたら、アナスタシアというスピリチュアルベストセラーが生まれる国土だったようです(おそろしや)。ちなみに、このサイトに上がっている動画で、パーソナリティーが「土と話をするとか言ってるのですが、「えー、そんなのできるのかよ!」って思い、よく恥ずかしくもなく、こんなこと平気で言えるよな?この神経がわからないよな!」なんて。
 まあ、私が、たまにマシューさんと話すのと同じですかね。最近は、全然、お声を聞いていませんが。
 いやいや、でも、相手は土や虫だぞ…。

 最近、オウム真理教にヘリコプターを提供したのは、ロシアだったと聞いて…。
 オウム真理教の教祖とブッダゴーサから感じるオーラが私には同じに感じるのです。だから、あの教祖、あれだけ、サクサクと仏教の教えが口から出てくるんですよ。あの人、やはり何かに憑かれていたと思います。好きか嫌いかではなく、すごいオーラでしたよ。あれに惹かれしまう信者の気持ちが、最近、出回っている動画を見て、相当納得しました。もちろん、当時は、生理的に受け付けなかったです。
 そして、日月神示にたどり着いた、ここ2年。ブッダゴーサって、オロシヤの悪魔の息がかかっているのではないでしょうか?と思うようになってしまったのです。根拠はないです。日本の国家転覆を図った麻原も同じ。そして、ロシア発のスピリチュアル本も…。ブッダゴーサによって、お釈迦様の教えをあれだけ転覆させた連中ですから、スピ本書くのなんか、お茶の子サイサイです。
 どれも、これも、今日書いたことが、すべては私の妄想なら嬉しいです。
***(書換え詩)*************
294)削除

295)削除

2018年7月10日火曜日

靖国神社お参り

 昨日は、靖国神社にお参りいたしました。

 雨が突然降ったりと、変なお天気でしたが、一度だけ雨宿りしただけでした。
 2年ほど前でしょうか、靖国神社のことが心に浮かんできたことがあるのです。そこでは、戦没者の方々が、嬉しそうにお祭りをしているのです。とても楽しそうにしてらっしゃいました。なんでも、とても怖い奴が近くにいたそうですが、そいつを退散させたから、楽しくお祭りができているのだそうです。
 怖い悪魔が巣食う神社(梅原猛氏の本で読みました。永久戦犯の東条英機の悪魔に祈りを捧げ、戦争しますと誓う場所といった表現でした。)というイメージが強く、アカの私は近づいたことがなかったのですが、それを覆す、平和的なお祭りのイメージが次から次へと浮かんできて驚きました。こんなイメージを受け取った後、「戦没者の御霊を守っている場所が靖国神社なんだな」と思いました。そして、今では、「家族がいなくても靖国神社という帰還場所があるために日本に帰ってこられるんだな。未だ、硫黄島、サイパンから靖国神社に帰還できていない魂もあって心配だな。」と思うようになりました。靖国神社の主祭神 護国の英霊ですが、この御霊を守る神様がいらっしゃることを昨日は確信しました。


 昨日、鳥居をくぐる時に、帽子を脱いでと思いつつ歩いていましたが、雨もパラパラ降っていて躊躇していました。でも、英霊の方々(神様)に失礼があってはいけないと思い、鳥居の前で帽子を取ったら、その瞬間に雨がほぼやみました。でも、予感的中だったんです。私、訳のわからない雨に当たりたくなくて、躊躇しながら鳥居に近づいたのですが、くぐった瞬間に雨はやむような気がしてならなかったのです。
 参拝は、二礼二拍手一礼でお辞儀は90度にして、英霊の方々に敬意と感謝を伝えました。そして、神社を後にしました。

 昔のことですが、私はあの近辺の予備校に高校卒業して1年通いました。私は、予備校に行くのに、水道橋駅を使っていたのですが、予備校のほとんどの人は、神保町か水道橋を使っていました。
 私、英語が苦手だったのですが、予備校のある英語の先生は、高校の英語の先生と同じようで同じでない授業をしてくださって、結構、たくさん、注意を受けました(ザル頭と呼ばれた事件とか。)。お笑いのテンポで授業をするので、あのペースに慣れるまでが、本当に大変でした。この先生、以前も登場したのですが、授業以外で質問しに行ったことも1、2回くらいの関係だったと思うのですが、どうしてか忘れられないのです。ただ、英語の苦手な人を相手にあそこまで面倒を見るのだから(当時の浪人生は英語が苦手な人が多かったですよ)、すごいな!って思っていたのです。梅原猛先生の「隠された十字架」も、この先生が教えてくださったのです。時間ができたら読みたいなって、思いつつ、読んだのは28歳になっていました(本が見つからなかったのです。)

 ある日、お友達と、予備校で昼食をとっている時に、先生方の使用している駅の話になったのですが、やはり神保町が多くて、水道橋がチョロチョロでした。でも、その英語の先生は九段下を使っているということでした。

 私は、理系クラスでしたから、お友達を含めて、数学の先生たちとはとても仲良くしていただきました。数学の先生にも本当にご恩があるのですが、お名前を忘れてしまいました。
 一方、この英語の先生ご自身がフレンドリーではないのですが、お名前全てはっきり覚えています。でも、個人情報だから書けないのですが、英語で言えば、Continent Looking Light Manです。

 話が前後しますが、昨日は靖国神社へのアクセスを、私は以前から調べていた、半蔵門駅からで予定していました。でも、地下鉄で携帯を使って検索しても九段下アクセスしか出てこなくて、これは「九段下を使いなさい。」ということかなぁって思い、九段下から靖国神社にアクセスしました(これは、神社の表からのアクセスだから、常識的です。)。

 お参りの帰りに九段下あたりをブラブラしたら、確かに九段下も予備校まで遠くないなって思いました。そして、英語の先生は靖国神社の最寄駅を使ってらっしゃったんだと思った瞬間にハッとしました。
 
 どうして、この英語の先生の、お名前、お姿、話を忘れないのか、不思議だったのです。それは、私が英語が苦手で叱られたからかななど考えていましたが、全ては本質ではなかった。もう何十年前でしょうか?たまに思いだしてはいましたが、ようやく答えが出ました。本当に、皆に対してえこひいきのない、愛情あふれる先生で、大切なイディオムと文法を長文読解につながるようにテンポよく教えてくださる先生でした。先生、靖国神社の神様の息のかかった人だったんだなと。

 私が、昨日、九段下駅を使わなくてはならなかった理由もよくわかりました。もう、私はだいぶおばさんですが、きっと覚えてらして、社中や街中を歩いている姿を見ていてくださったのでしょう。私、訪れるのは遅くなってしまいましたが、忘れてなかったですって伝わたら嬉しいです。