2020年3月23日月曜日

ソースはどこかな?


 私は、よく“乗っ取り”という言葉を使います。
 組織の乗っ取りに出会ったこともあります。逃げるのが精一杯な状況で、私はいつも被害者でした。でも、組織の乗っ取りも、第一段階は主要な人の乗っ取りから始まるのかなと思うようになりました。
 ネットを10年近く観察していると、やはり人格が変わってしまう人が続出するのは本当です。初めは顔が見えないから、ブログごと売っぱらったのかなとか、いろいろなネット上の意見に賛同しては反対して、と言った感じでした。でも、人が乗っ取られる、つまりウォークインがあるのだろうなと思うようになりました。
 大体の人は、内部まで、ズカズカと他の人格を持つ霊が入り込むことはないのです。と言うのも、守護神(霊)様が守ってくださるからです。でも、悪い霊団に取り囲まれて窒息状態になるのが第一段です。この時は苦しいです。でも、自分の魂の方向を向ける先を正しく保つと追い払える可還状態です。でも、守護神(霊)様がもう無理だと判断なさると、手を引かれるので不可還状態になり、これがウォークイン的な状態かなと思っています。
 
 話が変わりますが、ヒットというもののソースはだいたいは光だと思います。イルミ発のものって、ドクロのイラストとか 人間には受け入れがたい趣味の悪さ(ドクロは光も揶揄して使うからなんとも言えませんが。)、もしくは、パクリばかりです。パクっても悪趣味だけは漂う最悪感満点。

 パワーをもらって人生上り調子の時に、訪れる岐路。どなたにでもありますよね。その選択はなかなか悩ましいです。つい、反道徳的なことを考えてしまったり(汗)。そんなもんですよ、人間って。もらったパワーの使い道の選択が人生の岐路だと思うのです。
 この時、自分にこの案件を処理するパワーソースは一体何なのか?それに対して強い感謝を持っていれば、そのソースが望む選択をしたいと思い、一生懸命考えたら、まず間違いない選択ができると思います。ただ、若い時には、偶然の積み重ねと自分の努力が成功だと思い込んでいますから厄介です。





 百ワニも、これだけ人気をはくしたのですから、初期パワーの源は、たぶん光でしょう。ただ、作者に関しては、パクリの可能性は現段階では否定も肯定もできません。この傾向は、人間を前面に押し出して得られる人気を持つ「芸能人」、「ネット人」では、さらに顕著になると思います。パクリとかしようがないのですから。ただ、このような方々でもパワーのソースは自分の努力と偶然の幸運と思っている人は、概して悪魔にそのパワーを売ってしまう傾向がある気がします。だから、大器晩成っていう言葉があるのでしょうが、これも、早いうちに脱落しなかったというのが条件です。なぜかと言えば、大器晩成って場合、だいたいは若いうちから地味でもしっかりした実績があるものです。

 
 しかしながら、人間にも爬虫類系にも宇宙の法則では人権が認められているから、選択の自由があって、もらったパワーの使い道は貰った人が決められるのです。もらえるパワーはその人の魂の力量の応じているとソクラテスさんがおっしゃっているので、力量の小さい魂は、ヒトラーさんのようにビック悪(ヒトラーさんは織田信長的な方だと。荒の神様?ま、たいらに言えば、ジェダイ的ご存在かしら)にはなれないように、安全装置があるらしいのです。各存在が悪い選択をすれば、それ以後の光からのバックアップがなくなるだけで、必要に応じてカルマの法則で処理されていくのです。やはり、整然としている宇宙ですね。

 話が飛んでしまったので、最後にまとめると、乗っ取られないためには、強欲とかをなくすのも大切ですが、なんと言っても、自分のエネルギーソースはどこなのかを、一度じっくり考えてみるのが重要だと言いたかったのです。
 

 

2020年3月18日水曜日

廃仏毀釈 備忘録

 明治時代に入って行われた廃仏毀釈が、正直よくわからなかったのです。
 ようやく、なぜ行われたかわかったので、備忘録で記します。


 江戸時代までは、神社とお寺はとても仲良しだったとのことです。しかし、明治政府は、天皇中心の日本を作るため、アマテラススメラミコトの子孫であるとする天皇家の格を上げるために、庶民から支持を得ていたお寺を弾圧して神社の格をあげることをしたのだそうです。

(なるほど、そうだったんだと思いました。)

 しかし、人間にとってフレンドリーな教えって、きっと仏教ですよ。だって、神道の祝詞聞いても、チンプンカンプンですもの。

 もちろん、始めから格が上なのは神道なのでしょう。仏教が普通の庶民でもわかる教えになってなるのが、その際たる証拠だと思われます。

 百田史観の日本国紀では、日本の禅僧の問答のレベルの高さに触れています。日本の仏教を軽蔑する記述はほとんどないので、廃仏毀釈についても、期待したのですが、ほとんど触れていません(1)。ただ、世の中には、個人史観で学術書でなくとも、なかなか、鋭いことを書いている本も数多あります。

 ここで私が学んだことは、大日本帝国憲法に価値を置けば、明治以降の歴史が天皇中心の記述になり、天皇を重要視せず個人の正しい行いについての教えを展開した仏教は弾圧するということです。その愚劣な行為を隠蔽するために、廃仏毀釈への言及はしなくなるということです。

 一方、日本国憲法に価値を置けば、庶民を無視した天皇家と政府への批判が中心になるのだろうと考えられます。そして、この立場を取った時に見えてくる神道と仏道(教)の関係が、とても生き生きと私に迫ってくる感じがしました。

 時空を超えたハルマゲドンで、過去生でも光と悪の戦いが繰り広げれれているそうです。親鸞さんは仏魔に敗れ、日蓮上人も聖明王も敗れました。
 親鸞さんは、本当にチヤホヤされて甘やかされたお坊さんという印象を持っています。これは、法然上人とは決定的に違うと思います。
 日蓮上人は、「南無妙法蓮華経」って、お経を拝むのを奨励しました。
 師匠がおっしゃったのは、
“お経は唱えるものであって、拝むものではない”
とのこと。
 「確かにな!」
と思いました。お経を唱えることを推奨したのは、法然上人でしたが、もうそれしか道がない疲弊した人たちに阿弥陀仏(多分、お釈迦様とほぼ同一)への帰依を宣言するお経「南無阿弥陀仏」を推奨されました。余力のある人には、いろいろな勉強を奨励していましたよ。
 なんで、日蓮上人は、こういう顛末を辿られたのでしょうか? 

 彼らは、現代人として、転生していると思います。それなりの名声を得ていることでしょう。それらの転生が全て連動しておかしくなっているはずです。そして、その呪縛はきっと現代にも、重くのしかかっているでしょう。


 参考文献)
1)百田尚樹『日本国紀』が書けなかった日本近代史の真実とは?(https://note.com/horishinb/n/ne29abe0b9b61)

2020年2月24日月曜日

東京皇室の観測



 過去が変わって「有→無」になる。
 本人が丸ごと消えるのではなく、元通り、普通の報道関係者に戻るという暗示です。

 過去が変わって、三文小説だった戦争記が、当代一流の戦争記へと変遷する。
 しかし、契約を破棄したので、ただの三文小説に戻る。

 東京皇室に良い様に騙されて、大臣や議員への斡旋の確約に目が眩んだ様ですね。お金は、はいて捨てる程あるって言葉は、細木さんから聞いた時、衝撃でしたが、同じ言葉を口にしてらっしゃいますね。奇遇です。

 すでにマンデラ効果で小説家から一流作家になっていらっしゃるので、また、マンデラ効果で元に戻すということも、きっと簡単なんだと思います。

 暴論に対する謝罪コメント、記述ミスに関しては、きちんと訂正をしてください。

 東京皇室の観測結果です。よく皆さんも観察してください。

2020年2月14日金曜日

座標 比例 反比例

サブブログ月夜の龍文章 座標 比例 反比例より転載(2021/12/16)

  中1の比例と反比例で、人生初の関数を習います。その後の長い数学学習において、関数の占める割合は非常に大きいので、苦手な人たちのために、最も基本的な事項を問題形式にしてまとめました。

 座標とはどういう決まりに従って使われているかなど、出来る限り、自分の子どもに教えていて引っかかった部分をまとめてみました。苦手な人は、ぜひ、嫌がらずにやってみてください。
 式と計算(含 文字式)が、ある程度、体得できていたら、これを2回くらい解けば、応用問題に行けると思います。ただし、あくまでも、ここを押さえた後には、もう少し応用のある問題を解いてください。
 式と計算に自信がない人も、解答は(ある程度)丁寧に書いたので、あきらめずに計算過程を1つずつ追って行ってみてください。それから、また自分で教科書を見直すなり塾で教えてもらうなりして、春休みの間に、式と計算の部分の不安はなくしておいてください。
 関数って面白いなって思ってもらいたいという思いで記しました(本当にけっこう面白いのですよ。)。

2020年2月3日月曜日

何にお金を使うか?

 私は、未熟児を2人生んだので、それはそれは手厚い国の保護を受けて未熟児室でお世話になりました。そして、結婚してない親戚も最終的には一部公費のお世話を受けています。
 だから、日本の今の政府がトンチンカンすぎるお金の使い方をしているとは思えないのです。
 消費税だって、良い方向に使ってもらえれば喜んで10%を払います。例えば、今、これを5%にしたとき、事実上の政府インカムが減りますよね。そうするとしわ寄せはどこに来るのだろう?って考えてしまいます。

 でも、あと10年すれば死んでしまう老人や、あと20年で気力尽きて死んでしまうロスジェネはさっさと死んでもらって、これからの若い人たち--それでも、この人たちは元気な身体があるのですから、働けば収入が得られるのですし、勤労の義務の塊の人たちなんですよ--にだけお金を使うという、共産、れい新、公明、維新の考え方には首を捻りますよ。ことに、共産主義圏は、人は若いのが良いから、50を過ぎたらさっさと死ね的な使い捨てに見えますもの。これ、今の日本でも十分に見受けられますが(汗)。

 結局、消費税頼りのところもあると思うのです。下げるのであれば、まずは8%を目標にしていかないとだと思うのです。

 消費税5%まで一気に下げて、若者に交付金で学費の一部を支払い、保育料値下げで母子でいる時間を減らすなんて、どう実現するんですかね?って思ってしまうのです。老人やロスジェネ見殺しになるのは目に見えていますよね。まあ、それでいいんだよと言うのが民意なら、そう思う人たちが突き進めばいいと思います。日本は実際にその方向にジリジリとむかっていますから。私は反対ですから、それなら世界大戦で地球が無くなった方がいいくらいに思っています。

 現状、桜を見る会の私物化(確かに問題もあり)、贈収賄の蔓延する自民なので、ちっとも科研費にメスが入らないし、教育の正常化どころか悪い方へジリジリと言った感じです。

 政治の世界を正さないと、厳しい時局だと思います。安倍さん、頑張ってください。あと、まともな野党の人もちらほらいらっしゃるし。

 そして、皇室はハジにおいてください。相手にしない権限が国会や内閣にはあるはずです。これは絶対です。

2020年1月30日木曜日

習近平国家主席の国賓について

・香港デモ指導部隊 米エージェント説https://vybzscope.com/2019/09/11/post-10016/
・コロナウィルス ビルゲイツ財団(米)黒幕https://twitter.com/GAIAFORCETV/status/1221911533166329856
・IR汚職は何故か中国サイドのみで米の不正は詳らかでない。
・コロナウィルスで死ぬのは主に黄色人種の中国人(多分、予定としては日本人、韓国人)
 以上から考えると、昨今は、どう考えても、とてつもない冷酷なアメリカの陰謀の鉄槌が降っていると考えざるおえません。その犠牲になっているのが、中国人や香港人ではないかと思います。しかし、次は必ず日本が標的になる。日本の街に焼夷弾を落としまくって、挙げ句の果てに原爆落として非戦闘民を殺しまくった国ですから。
 どうしてもアメリカの陰謀に触れたくないチームと中国ロシアの陰謀に触れたくないチームがありますね。前者はネットで活動、後者は公共の電波で活動。
 太平洋戦争後、日本の支配が大陸系の黄色いエセユダヤ(朝鮮系爬虫類チーム)から、白いエセユダヤ(アメリカ系爬虫類チーム)に変わったと聞いたことがあります。そう言われてみたら、岸信介さんのお顔立ちは確かに白人の血が入っていますね。一応、正式には日本人の両親となっていますが。だからと言って、私が岸信介首相が劣悪な売国奴だったと主張するわけではなく、全くその逆だったという認識です。
 中国政府は本当に悪魔ですが、アメリカ政府も今は凄まじい悪魔っぷりを発揮しています。ここは仲間割れで、人口削減を履行し終わったら必ず日本に全力投球で襲いかかってくるでしょう。
 こういう難しい局面で、日中の会談を持たないで放棄するということは、日本の安全保障、そして世界の安全保障を放棄して、悪魔に地球を引き渡す行為です。メンツなど関係ありません。みんなが安心して暮らせる地球を守るほうがずっと重要です。たとえ、それが失敗に終わったとしても、挑戦しなければ100%、地球が悪魔に取られます。
 ですから、今の安倍首相率いる内閣は習近平国家主席との会談を調整しているのです。これが実現すれば、中国も助かるのです。むしろ、それを嫌がっているのは皇居の輩です。天皇バンザーイ系の人たちは、ほとんどアメリカの陰謀には触れませんし、習近平国家主席の国賓を強く反対しています。これが、本質を映し出している事象だと、私は思っています。私は、黄色いエセユダヤ中国人や朝鮮人の存在など大陸に対しても問題はたくさんあると思いますが、残留日本人孤児を大切に育ててくれた人たちも住む中国なのです。その人たちが人間らしい優しさが発揮できる、安心して暮らせる環境になることを目指すことが一番大切だと思います。もちろん、今の日本も安心とは程遠い酷い状況ですが。
 沢山の批判がある現在の安倍政権ですが、安倍首相が岸首相のように頑張らないければ、大変なことになります。桜の件、夫婦別姓のヤジの件など、どうか早急に精査と弁明を行って、軌道を戻してください。


 

2020年1月15日水曜日

昨日の夢

夢の内容
 ヨーロッパに旅行している設定でした。言語は日本語でした。
 郊外にある宿を利用しているので、繁華街や観光スポットからは遠いのです。
 宿は、のどかな田園地帯にあり、イギリスだった気がします。
 一人で買い物やらに出かけるのですが、宿が郊外で繁華街まで遠いのです。どこかのお店に入ったら、お店の人に
「どこに泊まっているの?」
と聞かれたので、場所を説明すると、店の人の顔が強張って、
「そこは、悪い場所だ。昔はナチスが使った場所で、そのあと長崎屋があったけれど、倒産して閉店した跡地だ。さっさとそこから離れなさい。」
と、私に忠告しました。「長崎屋って別に悪くないよね。」っと思いながら、いそいで宿に戻ることにしました。そこにどう言う設定か、私の兄が二人いるので、その話を伝えなくてはと思ったのです。
 そして、宿に着くと、兄の部屋は地下にあり、その部屋に入ると兄が二人並んで座っていました。何故か、私はひざまづいていて、お店の人の忠告を伝えようと、顔を挙げて兄の顔を見ると、なんと令和の天ちゃんと秋篠宮でした。令和の天ちゃんはピカピカ光っていて、秋篠宮は影法師のようでしたが、すぐにわかりました。でも、さすが夢なので、自分の兄だと思って一生懸命その忠告を伝えたところまでは覚えているのですが、そのあとは記憶がなくなっています。



 私、天皇制なんて別になくなったって良いと思っているくらい天皇家が好きではないのです。ただ、「天皇制反対」を言った時、リアルさんが言葉をなくしている感じがしたので、皇室は存続させないといけないのだなと直感したのです。

 夢の中の話ですが、何故、この二人に、私が跪かなくてはいけないのか、さっぱり意味不明です。だって、兄弟の設定なんですよ。さらに深層心理でも特に皇室の人に会いたいとも思っていないです。それで、彼らは、勝手に人の夢をジャックして入ってきたなと思いました。

 そういえば、昔、身体から光を放っている小泉純一郎元総理が夢にでてきて、私と二人で話すと言う夢も見たことがあります。
 内容は、空気を吐くように嘘を吐いていたので、ムカつくのでカット!
 ま、その時は、今ほど嫌いではなかったけれど、後味の悪い夢でした。


 こう言う人たちが夢にでてくる時は、大体、大きく世の中の流れが変わる時なんですよね。小泉さんの時もアセンション延期へと決定的に舵が切られた時だと感じています。

 昨日の菅官房長官の定例会見の午前(19分あたりで、招待者名簿の精査を行う)と午後(4分20秒あたりで、名簿は全て破棄したと言い切る。)で、桜を見る会の名簿の対応が180度変わってしまっています。やはり、世の中が相当不安定になっていると思います。官邸が大変な戦いをしているのでしょう。頑張ってください。ここ一年、だいぶ苦戦してらっしゃる。安倍さんがヘリテイジを考えているから、どうしても引っ張られちゃう。平民にヘリテイジなんて似合わないよ。平民>王族、皇室だよ。現在の王族や皇族は天下の殺人鬼集団だから、ピラミッドの最底辺です。

 エセ天皇家の連中には、人の夢にジャックして入ってきてさ。私が喧嘩売っているんかなと言うのが事実ですが。天ちゃん夫妻、もう、英国に国賓で行ったっきり帰ってこなくて良いよ、って思ってしまいました。そうそう、英国は幽界の入り口だと私は勝手に思っています。だから、もう幽界に戻りなって気分です。



2019年12月18日水曜日

 Twitterの“The Nolans fan 角森正信(https://twitter.com/kakumori12081)”さんとのやりとりをまとめておきます。


 Twitterの“The  Nolans fan 角森正信(https://twitter.com/kakumori12081)”さんとのやりとりをまとめておきます。



1. 12/17(火)の虎ノ門ニュースの案内ツイートへの月夜の龍の返信









2.1に対して、角森さんからの月夜の龍と虎ノ門ニュースと百田先生への返信







3.2に対して、月夜の龍から角森さんへの返信














4.3に対して、角森さんから月夜の龍と百田先生への返信










5.4に対して月夜の龍から角森さんへの返信(2通)



6.5に対して角森さんから月夜の龍と百田先生への返信(2通)
   
5の上段ツイートに対する返信











5の下段ツイートに対する返信









************************************

 角森さんという方は、一人で私にリプライを入れるだけで多勢で来るわけではないので、最も卑怯なやり方は避けてらっしゃるようで、当方も3通返信を入れました。

 ただ、私がはじめに虎ノ門さんに返信ツイートした内容に関しては、説明いたしました(そもそも、そんな説明が必要なほどの返信ツイートではないと当方は思っております。)。

 その後、発生したことに関しては、当方には角森さんと議論する義務がないのです。さらに、

・議論が噛み合う見込みがとても低いこと
・関係が低いところにもリプライをすること

を考慮して、ブロックいたします。















2019年12月9日月曜日

大東亜戦争と太平洋戦争


 私は大東亜戦争という名前は日本の世界戦略を軸にした名称だし、太平洋戦争は場所を軸にした名称だと感じています。
 大東亜戦争が先の戦争の日本の罪の部分まで正当化する名称だとは知りませんが、そうかも知れないです。ただ、この戦争も日本の世界戦略にも光と闇の作用があったとは思っています。

 今、注意喚起がなされているのは、先の戦争が避けられない戦争だったにしても、“煽られてなしくずし的に突入した戦争だった”という反省を持てということではないかと思う次第です。煽りは国外と国内の両勢力からなされたとも思います。

 そして、その当時の状況がもしかしたら、今現在の状況と似ていたのではないかと思うのです。違うのはネットがあったかどうかくらい。

 今現在は、世界の情勢は袋小路に入っている感じもしますが、戦争ではない解決策をもう少し丁寧に探りなさいと言われている気がしています。

 世界的ネットワークで、戦争に持って行こうと躍起になって起こしている、中国vs香港、中国vsウィグル、北方領土、竹島、尖閣、イラン大暴れ、アフガニスタンの抗争。これをネタに、庶民の憎悪を膨らませて戦争へと運ぼうとしている騙されてしている人、騙している人、がたくさんいます。

 話し合いだけでは、決して解決できないのは事実ですから経済制裁、輸出管理が必要なんです。そして、一人一人が、経済制裁する努力をする必要があるのです。大変だけれど、なるべくmade in  Chinaは買わないというのが、中国国民にとっても最終的にはプラスに働くということ。


 “戦争をしない”という努力を怠って、戦争屋に焚きつけられて戦争した結果が、大空襲に原爆投下です。

 日本人が現地で優しかったこともした証が中国日本残留孤児の方々ではないかと思うのです。一方で、日本の軍服を着て、非道の限りを尽くした輩も少数ではあったけれど居たとは思うのです。それが、先の対戦の闇の作用を担った輩で、厳然とそれは日本の中に存在したし、しているのです。

 そこをじっくり考えてら、世界的ネットワークである戦争屋がどの人たちで、そうでない平和を好む人たちがどの人なのか、ネット上でも見分けが付くかと思うのです。

 もう、大戦をおこさないように心がけるのが、我々大人の大きな1つの努めではないかと思います。

2019年11月19日火曜日

日月神示 黄金の巻~第2帖

黄金の巻~第2帖より

「骨なし日本を、まだ日本と思って目さめん。」

①骨なし日本 = 現皇室メンバーとエセ保守、エセ愛国者、アカ
②十のお役は、百のお役は、インチキ霊能に身を預け、情報をバラす、墓穴を掘らせる御用、お疲れ様。


(月夜の意見)
→自分が追える現実をよく見ましょう。
・大東亜戦争終了までは、昭和天皇は国家元首だったから、戦争による国民の犠牲の責任は、当然、昭和天皇が一番重い(異論ないですよね。)。

・他の戦争責任者、総理大臣など閣僚や軍部の上層部は、一応、東京裁判で審議され、必要に応じて罰せられた。しかし、一番罪の思い昭和天皇は東京裁判にすらかけられなかった。

・昭和天皇は、その後も生きながらえて象徴天皇として約50年間仕事をした。事実上、100万人近い戦没者の責任を負うこともなくです。

以上は紛れもない事実です。それを指摘すると、
「そんなことを言う奴は、昭和天皇にあって人柄を確認したのか?素晴らしい人格だったぞ!」
と、エセ保守が言います。でも、
「そういうあんたはどうなんだい?天皇なんて簡単にあって話すわけないじゃん!カルトみたいな天皇個人崇拝を押し付けるんじゃねぇ!」
とこの場で言い返させてください。
 怪しい宗教は、どれもこれも胡散臭い人への個人崇拝を強要するのですから、上記のエセ保守連中はカルトと同じ手法なのです。
 ちなみに、人間をだまくらかす悪い宗教の大元締めは皇室であると私の師匠は言っていました。昭和天皇の個人崇拝押し付け論を聞くとあながち嘘ではないのかもしれないです。

 でも、(エセ白ユダヤのエセ保守、お節介、戦争屋の)ケント氏は、平成天皇にあったことがあるけれど、良い人だったてさ。日本の庶民とは会わないが、悪い奴らとは会っているのが平成天ちゃんでした、大爆笑!


→外野で見ているだけですが、取り巻きの霊能糞尿連中には、腹が立ちます。でも、百のお役目さん、そろそろ本当にやめてください。とにかくマンセー女界隈とは距離を置いてください。もう、元には戻らないとサルーサさんは言っている気がします。もしかしたら、最後通告かもしれないです。

「世界の日本と口で申しているが」
 習近平が日本に国賓で来ようが来まいが、大した問題ではない。
為政者以外の口出し無用。

(月夜の意見)
→先がドタキャンする可能性大だと思います。でも、どっちでも良いです。世界がうまく移行するために、必要な手段を安倍首相にとっていただきたいです。

「古いことが新しいことと思っているなれど、新しいことが古いのであるぞ。」

 これ、日本国憲法なり

(月夜の意見)

→GHQから突如提示された日本国憲法がどうやって生まれたのか、当時、戦後処理の対応した人たち(白洲次郎さんは知らないと言っていました。)ですら、知らなかったのに、どうして当時を知らない現代の人たちがこれを語れるのか?こうなると、語っている内容は、全てデマと考えるべきです。なるほど、竹田氏は、現在でも「天皇は元首」とか言う本を書いたり、この手の嘘を吐くから「デマ野郎」と言われるのですね。



************黄金の巻~第2帖 全文************     
日本が日本がと、まだ小さい島国日本に捉とらわれているぞ。
世界の日本と口で申しているが、生きかえるもの八分ぞ。
八分の中の八分は また生きかえるぞ。
生きかえっても日本に捉とらわれるぞ。
おわりの仕組みはみのおわり。
骨なし日本を、まだ日本と思って目さめん。
九十九十ことことと申してカラスになっているぞ。
古いことばかり守っているぞ。
古いことが新しいことと思っているなれど、
新しいことが古いのであるぞ。
取り違い致すなよ。
【神は生命いのちぞ】。
秩序ぞ。秩序は法則ぞ。
為なせよ。行ぜよ。考えよ。
考えたらよいのじゃ。
為なすには先ず求めよ。
神を求めよ。
己に求めよ。
求めて、理解した後 為なせ。
為なして顧かえりみよ。
神の生命いのちそこに弥栄いやさかえるぞ。
今までの日本の宗教は日本だけの宗教、
このたびは世界のもとの、三千世界の大道ぞ。
教えでないぞ。
八分の二分はマコトの日本人じゃ。
日本人とは世界の民のことじゃ。
一度日本捨てよ。日本がつかめるぞ。
日本つかむことは三千世界をつかむことぞ。
悪の大将も、そのことよく知っていて、
天地デングリ返るのじゃ。
物の食べ方に気つけよ。
皆の者、物ばかり食べてござるぞ。
二分の人民、結構に生きて下されよ。
喜び神ぞ。

2019年11月12日火曜日

2019年 ウィーンの旅行(5)シュテファン大聖堂、モーツァルトハウス、ハイリンゲンシュタット

更新 2019/11/12 その他の関連記事を記事の最後に付記 

シュテファン大聖堂

TABI JOZU さんより引用
シュテファン寺院はウィーン旧市街の中心部に建つ、ゴシック様式の教会です。日本ではシュテファン寺院という呼び名が一般的ですが、正式にはシュテファン大聖堂と言います。シュテファン寺院には北塔と南塔があり、展望台からは街を一望することができます。南塔は約350段の階段を登らなければならないので、エレベーターがある北塔に登るのがおすすめです。
シュテファン大聖堂の宝物館 さんより引用(多少、修正)
 ウィーンのシュテファン大聖堂は街の真ん中に立っているので、観光の皆様だけでなく、このウィーンの地元の人にとっても重要な意味を持っています。そして、1147年の建立からオーストリアの歴史を見続けて来ています。
 シュテファン大聖堂だけでもしっかり見たら、大変時間がかかります。
 今までもシュテファン大聖堂の有名な
① 説教壇、
② 当時のステンドグラス、
③ 記念プレート、
④ 涙を流す聖母マリア、
⑤ プンメリン、
⑥ ローマ時代の墓石、
⑦ モーツァルト最後のお別れの場所、
⑧ 祝福と幸運を授かるコロマニ石
などが話題にのぼりますが、ここでは、今日は普通の人が気づかないちょっとしたシュテファン大聖堂の宝物館について話をしましょう。

 シュテファン大聖堂の宝物館は"DOM SCHATZ" (ドームシャッツ)と言われ、入口が全く
目立たない所にあるわりには、内容は中々おもしろいです。DOM SCHATZは2012年から再びオープンしています。
 第2次世界大戦で、屋根が焼け落ちる被害を受けたシュテファン大聖堂は、その後地元の力で急いで修復され、1948年にはすでにミサを行うことができました。そして1952年4月26日に新たにオープニングがあったわけですが、2012年と言えば、そこから60年後ということになります。

 宝物館は"DOM SCHATZ" (ドームシャッツ)の入り口は、西側正面入口から右側に行って、大聖堂内に入る手前にちょっとした案内板が立っていて、そのすぐ右横にエレベーターがありそれに乗って上に行きます。エレベーターを降りると、係りが座っている窓口があり、そこでここの入場料を払います。現時点では大人4ユーロです。西側正面入り口から入り、順路通りに右側に行って、そのまま大聖堂内に入ってしまったらこの入り口は永久に見つかりません。

 私たちが訪れた時は、一部外装工事していて、シートが貼ってありましたが、やはり圧巻でした(写真5-1、5-2)。この前にはシュテファンプラッツ(シュテファン広場)があって、通りが交差する広場があります。この広場は、日本人から見ると、通りなのですが、オーストリアの人たちは広場と名付けていて、そこにはカフェがあり、シュテファン大聖堂を眺めながら、食事やお茶がいただけます。夜のシュテファンプラッツのカフェと大聖堂の写真を写真5-3、5-4に載せます。
写真5-1  シュテファン大聖堂
写真5-2  シュテファン大聖堂のタイルで彩られた屋根
これは素敵です。

写真 5-3 夜のシュテファン大聖堂 ライトアップしてます。

写真5-4  夜のシュテファンプラッツ
 私たちはシュテファン大聖堂について、大して調べていかなかったので、①〜⑧は全く見学しませんでした。礼拝堂はとても綺麗でした。実物を見るととても感動するのですが、写真だと伝わりにくいので残念です。写真5-5に礼拝堂を載せます。でも、十字架にかけられているキリスト様を見るのは辛いです。
写真5-5 シュテファン大聖堂の礼拝堂

 私たちは、宝物館に行きたいと思っていたのですが、引用に指摘があるように、入り口がわからなくて、結局、南塔を階段(螺旋階段)で登りました(3ユーロくらいだったかな?)。足腰の調子が悪い人でなければ、さほど辛くないです。自信のない方は、北塔ならエレベーターがありますし、宝物館もエレベーターで高いところに行け、眺めも良いらしいです。一番高くまで登れるのが南塔でした。我々家族は、〇〇と煙は高いところが好き”の〇〇ですね。南塔からの眺めを写真5枚を写真6に載せます。





 
写真 5-6  シュテファン大聖堂南塔からの眺め(2019年7月)

モーツァルトハウス(リンク内) 

 モーツァルトハウスは、シュテファン大聖堂から歩いて3, 4分のところにあるのですが、外観が普通の家なので、見落としてしまいがちです。私たちは、シュテファン大聖堂で階段を登った後に、下のカフェで一服してからモーツァルトハウスに行きました。
 JTBさんのモーツァルトハウス情報 に場所やコメントが詳しく書いてあります。音声ガイドがあり、見学場所も多いので、1時間では済まないかなという感じです。JTBさんのページのコメントにもあったように、説明箇所が実際の場所と異なるのか?わかりにくいのか?区別がつかないところが多少ありました。見学順路の最後に自販機がある休憩室があり席数20席くらいのテーブルが置いてあるので、連れと見学ペースが違ってもそこで落ち合うことができます。そこでは、お土産も売っていました。
 音声ガイドは上記の多少の問題がありましたが、かなり面白かったです。モーツァルトがフリーメイソンに所属していたことや、彼の凄まじい借金、謎だらけの死について推理したりしています。あまり言ってしまうと、これから行く方や、モーツァルトハウスへの営業妨害になるので、興味のある方は、是非訪れてください。10ユーロの入場料は安価ではないので、旅行の予算に入れて置くと安心です。ただ、あの音声ガイドがついているので、妥当ではないかなとも思います。モーツァルトは大好きなウィーンにこうやって死後もお金を運んでいらっしゃるのではないかな?なんて思ったりします。
 いろいろ困ったちゃんだったと言われるモーツァルトですが、仕事に関しては極めて真面目に取り組んでいたようで、午前中は作曲、午後から弟子の稽古、夕方からは音楽会出演といった生活を送っていたようです。どこで、借金が出来たのかしら?これについての推理も、遺作のレクイエムについても音声ガイドで色々と解説していますので、楽しみにしてください。私は、はじめて知る事ばかりでした。
 ここで、上記のJTBさんのサイトで、私も全く同感だったコメントを紹介させてください。このコメントの方はモーツァルトハウスとベートーベンの遺書の家(次章)を訪れたとは、私たちと全く同じです。
 モーツァルトはフリーメイソン確定なのですが、ベートーベン、シューベルトはグレーゾーンだそうです。フリーメイソンに入っていたモーツァルトは、57才まで生きたベートーベン、生まれも死亡地もウィーンのシューベルトとは比べ物にならないほど、ウィーンでの扱いが良いです。3人とも大天才ですが、この差を見ると、
・フリーメイソンに入っていたか否か?
・メイソン内での階級の違い?
・メイソン途中脱退もしくはフェードアウト?
などが頭に浮かびます。
 ベートヴェンはドイツのボン出身ですからフリーメイソンから逃げ切った感じで、入ってないのかもしれないなと思います。 シューベルトはモーツァルトとは違う形でフリーメイソンに反旗を翻した結果、早く亡くなったのかもしれないなと思います。早死にであるのと同時に、亡くなり方もなんだか似ているのです。

 ちなみに、マリア テレジア(これぞ、ハプスブルグ王家の血を継ぐ女性皇帝)の旦那さんも、フリーメイソンです。賢帝マリアテレジアまでは、ハプスブルグ家は苦しいながらもしっかりとしていたけれど、その子供が継いだあたりから坂道を転がり落ちていく感じは歪めません。やはり、フリーメイソンは曲者で、正当な男系継承は必要かなと思っている今日この頃です。

 このモーツァルトハウスといい、次に紹介するベートーベンの遺書の家といい、それぞれの作曲家の音楽が聞こえてきそうな感じで楽しかったです。

ハイリンゲンシュタット(ベートーベン;リンク外)

 ここは、ベートーベンが難聴に苦しんで遺書を書いた家なので、遺書の家と名前がついているそうです。ここの売店ではベートーベンの遺書が印刷して売っているのですが、なんと東洋の言語では日本語しかありませんでした(笑)。日本人はベートーベン大好きですものね。まあ、遺書を買うという発想が、中国人にはないから中国語は置いても売れないのかなと思います。ちなみに私も遺書を買うセンスは持ってないです。ごめんなさい、ベートーベン様。
 ここは、ウィーン中心から6Kmくらい離れているので、トラムとバスを乗り継いで行きました。詳しい位置の確認は、LINEトラベルjpさんを参照してください。
 バスを降りたところから、さほど遠くないのですが、看板がないのでさっぱりわかりません。バスを降りたところでカフェを見つけたので昼食を取ることにしました(写真5-7)。これがウィーンの郊外の雰囲気なんだなと、繁華街と随分違うのでびっくりしました。
写真 5−7 ハイリンゲンシュタットに行くために降りたバス停の近辺
奥のアーチ型のもんを潜るとカフェがありました。

 カフェでハイリンゲンシュタットの場所をスマホで確認して、ようやくたどり着きましたが、普通の周りの家と変わらないので、なかなか見つけられないです(写真5-8、LINEトラベルjpさんより) 。とにかく、ウィーンは看板があっても目立たないようにしてあって、大変です。
 
写真 5-8 ハイリンゲンシュタットの入り口  LINEトラベルjpさんより
右側の白い三角屋根の建物がハイリゲンシュタットです。

  音声ガイドもなく、ただ展示を見るだけですが、ここの雰囲気が落ち着いていて実に優しいのです。そして、ベートーベンの楽曲が聞ける展示が多く、まだどれも名演を集めているようで、聞き応えがありました。中庭には木(多分、霊樹)があるのですが、とても歓迎されている気がしました(写真5-9)。この家からは、ベートーベンの息遣いが聞こえるような、すぐそこで拝観しているお客さんを優しく微笑みながら見ているベートーベンが立ってらっしゃるような気がしました。やっぱり、作品からあふれているあの優しさは、ベートーベンが持ってらっしゃるものなのだろうなと、肌で感じました。
 
写真5-9 ハイリゲンシュタットの中庭の樹


 もう1つの庭からは、教会が見え(写真5-10)、背景が描いてある壁(写真5-11)があり、そこでベンチに座って記念撮影をすると楽しいです。
 展示物は行く方がいらっしゃると思いますので写真を載せませんが、ベートーベンさんの肖像(写真5-12)と一緒に記念撮影しておくのも楽しいと思います。
写真5-10 ハイリゲンシュタットの庭から眺める教会


 
写真5-11 ハイリゲンシュタットの庭の壁 ハイチーズ!


写真5-12 ベートーベンの銅像とハイチーズ!

ウィーン旅行後記

 これでウィーン旅行記が終わりです。
 ウィーンは安全な街だと思いました。そして、建造物が素晴らしく、博物館のレベルが極めてたかいです。音楽もハイレベルな演奏ばかりで、すごいの一言で済ませることができない感じです。全体的に清潔感もあり、設備が整っていて、観光には最高の場所だと思います。
 一方で、お土産屋さん、ホテルの従業員は愛想がいいのですが、トイレの管理人、小売店のレジの人たち、博物館などの係員は、不機嫌な顔で仕事をしている感じもしました。我々が東洋人だからか、その扱いは他の同国のお客さんよりは雑だったと思う場面も少なからずありました。もちろん、全ての人がそうであったというわけではなく、働かざるおえない方々にこの現象が多いのではないかと思う次第です。知人には、「日本の常識、世界の非常識」って言葉を言われました。
 主人はハイリゲンシュタット近辺の郊外は、閉鎖的で少し怖いと言っていました。やはり、ヨーロッパが常にスラブやイスラムの侵略を受けて戦いの連続のために、そのような閉鎖的な雰囲気ができてしまったのではないかと、防衛の歴史の賜物ではないかとも思います。
 どうしてそう思ったかというと、子どもたちがウィーンの新王宮のあたりで、イスラムの女性に話しかけられ一輪の花を持たされてしまいました。直ちに私がそこに分け入ったのですが、お金をくれの一点張り。2ユーロ渡したら、それでは足りないと言い出し、結局5ユーロを取られました。子どもを狙って、やってくるんだなと思い、ヨーロッパがイスラム教勢力を嫌がる理由を身をもって経験しました。ハンガリーと一緒に東から襲ってくるアラブ(イスラム勢力)、スラブを撃墜続けたハプスブルク王朝、光と闇の側面があるけれど、偉大だったんだなと感じました。それと同時に自然とオーストリア帝国やハンガリー帝国の方々への敬意が心に湧いてきました。
 楽しい旅行、ありがとうございました。お世話になりました。(終わり)


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