2022年4月28日木曜日

呪詛の使える猿とお金を運ぶ猿

  善悪をきっぱりと分けて、善ばかりをまつる、ありがたがる!

 なぜ?悪は自分に不利益を運ぶからと思っているから、思わされているからだとも思います。


 でも、悪が起点で起こったものだって巡り巡って自分にはある意味ラッキーとしてやってくることもあるんです。

 それが、この世の中がつながっていて独立して存在しうる個はないということなのではないかなと最近はつくづく思うんです。


 そうなると、悪だった自分のご先祖様を排除ということはしないのかもしれないです。だって、その方と自分は赤の他人よりもずっと繋がりが強いのですから。だからそうじゃなかったご先祖様と同じようにお墓に入れて、先祖代々の御霊にナムナムと祈るというのが大切なのかもしれないです。これを古来の日本人は知っていたんじゃないかなと思うんです。


 悪を悪と認識するのは大切だとは思うんです。近しいのであれば、相手が善に立ち返って欲しいと心から祈るのなら、注意喚起も務めだと思うのです。でも、悪だからと排除というのは人間の範疇外なのかもしれないです。だから人を裁いてはいけないと聖書は教えていらっしゃるのかもしれないです。


 悪を徹底排除しようとしたのが、キリスト教なのかもしれない。それで、西欧の中世、近代とあの血生臭い世界を作り上げてしまったのかなと。悪なら何をしても良いという洗脳が、それが拡大して社会に貢献しなければ何をしても良いとエスカレートしていく。今の万世一系教の人たちの論調も何だかそう見えて仕方ないのです。悪いところをすごく突っつく、そして論敵にとってどんなダメージを与えても良いというリミッターを外してしまう。そしてそれが様々な方面へ広がった時、とてつもない恐ろしい世界が待ち受けているんじゃないかなと。


 今のロシアとウクライナの戦争だって、呪詛の使える猿(ロシア)と呪詛が使えないお金を運ぶ猿(DS)のやらせ戦争。リミッターが外れた人間たちの念を集めて世界大戦を狙っているんだと思えてなりません。呪詛の使える猿がQなんですね。呪詛が使えないお金を運ぶ猿が資本家。どちらもイルミです。

2022年4月27日水曜日

自分にとっては音楽は演奏するものじゃなくて、元気をもらうものなのです。

  予備校の時に物理を教わった先生で、とても明るい先生がいらっしゃいました。物理をやる方は、どうしても内向きというか、インキャというか、そういう人が多いのにとても稀なケースだなと思いました。予備校ってひたすら問題を解くんですよ。だから基礎的なことは既習済みみたいな感じなのです。そういった部分では、理科の勉強は少し味気ないことになるはずですが、この明るい方の先生は、解答解説になんだかニコニコしながらとてつもない命題を入れ込んでくるんですよね。そして、気のせいか いつもまんべんの笑みでこちらに微笑みかけてくれて…。

 自分は心の中で、
「いや、この部分は蜂の巣的でして、突っついたら最後、永遠ループで高校で悩んで心の奥深くに沈めた疑問、これを知らなくとも点数は取れるから、いまはメンゴです!」と言いながら、ノートをとるわけです。
 理科系も好きだったのですが、まずは安定した会社に就職したかったんです。そのためにどうしても学歴が必要だったので大学合格を ひたすら念じていたんですよ。よそ見している暇はないというかなんというか。
 せっかく良い会社に就職できても辞めちゃったし、専業主婦ですが、あの先生の数個の命題が、今となっては近くにあるから不思議です。今から考えたら、その先生は未来人か宇宙人、いや生き通しの神様の代弁者でらっしゃったんじゃないかなと思うのです。だってオーラが…。

 原稿を見なくちゃいけないのに、家事をしなきゃいけないのに、やる気が起きないというか、少し元気が足りない時、音楽を聞いて鼓舞しながらやるんです。
 そして、一緒に鼻歌歌って、ヤサ エエエンヤーアサノ ドッコイショって、元気を出すんです。
 自分にとっては音楽は演奏するものじゃなくて、元気をもらうものなんです。

2022年4月26日火曜日

霊界物語 第二十九巻 第八章 高姫慴伏(ショウフク;おそれおののいて平伏すこと)〔八三〇〕


https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm2908 様より引用

 ヒヽヽ、日の出神の生宮も、世界の人民がウンザリして居るぞよ。モウそんな黴の生えたコケおどしは使はぬが能からう。

フヽヽ、古臭つた文句を百万ダラ並べて新しがつてゐる其方の心根が愛しいワイ。
ヘヽヽ、下手に魔誤付くと命がなくなるぞよ。
ホヽヽ、時鳥喉から血を吐きもつて、国治立命は其方の慢心を朝夕直したいと思つて御苦労を遊ばして御座るぞよ。
マヽヽ、曲津の容物となつて居乍ら、誠の日の出神ぢやと思うて見たり、時には疑つて見たりし乍ら、どこ迄も日の出神でつつぱらうと致す横着者。
ミヽヽ、蚯蚓の這うた様な文字を列ねて、長たらしい日の出神の筆先だと申して、紙食ひ虫の墨泥棒をいたし、世界の経済界を紊す身の程知らず奴
ムヽヽ、昔の昔の去る昔、まだも昔のその昔、ま一つ昔のまだ昔、大先祖の根本の、誠一つの生粋の大和魂の御種、変性男子の系統、日の出神の生宮とは、能うも云へたものぢやぞよ。
メヽヽ、冥土の鬼迄が愛想をつかし、腹を抱へて、其方の脱線振りを笑つてゐるぞよ。
モヽヽ、百千万の身魂の借銭を、日日毎日つみ重ね、地獄行きの用意許り致してをる其方、今の間に神の申すことを聞いて、心を洗ひ替へ立直さぬと、未来が恐ろしいぞよ。
ヤヽヽ、ヤツサモツサと朝から晩迄、騒ぎまはり、
イヽヽ、意久地を立通し、威張り散らし、己一了見で教主の意見も聞かず、可愛相に黒姫や鷹依姫、竜国別、テーリスタン、カーリンスに対し、国外に放逐致した横暴極まる其方の行方。
ユヽヽ、雪と墨と程違つてゐる瑞の御霊を、酢につけ味噌につけ悪く申し、自分の勢力を植付けようと致す横着者。
エヽヽ、エライ慢心を致したものぢやのう。
ヨヽヽ、世の中に吾程エライ者はない様に申して独り燥いでも、世の中は割とは広いぞよ。お前の云ふやうな事は二十世紀の豆人間の没分暁漢の中には、一人や二人は一度や二度は聞いて呉れるであらうが、四五遍聞くと、誰も彼れも内兜をみすかし、愛想をつかして逃げて了うぞよ。
ラヽヽ、『楽な道へ行きよると道がテンと行き当つて、後戻りを致さねばならぬ変性女子の行方を見よれ、人の苦労で徳を取らうと致し、楽な方を行きよるから、あの通りだ』と、自分が後から潰しに廻つておいては、愉快相にふれ歩く、悪垂れ婆の宣伝使。
リヽヽ、悧巧相な事ばかり申して居るが、テンで理窟にも何にも、お前の云ふ事はなつて居らぬぢやないか。
ルヽヽ、留守の家へ剛情ばつて押入らうとし、生田の森に玉能姫に剣突をくわされて往生致したヘボ宣伝使。
レヽヽ、連木で腹を切れと云ふやうな、脅し文句を並べて信者を引込まうと致しても、そんな事を食ふやうな馬鹿者は此広い世界に只の一人もありはせぬぞよ。
ロヽヽ、碌でもない真似をするよりも、一時も早く聖地へ立帰り、改心致して神妙に神の御用を致すがよからう。
ワヽヽ、分り切つたる団子理窟を並べて、人を煙に巻く
ヰヽヽ、イカサマ宣伝使。そこら中を
ウヽヽ、ウロつき廻つて、いつも糞をたれ
ヱヽヽ、枝の神と知らずに、根本の日の出神ぢやと誤解を致し
ヲヽヽ、おめも恐れも致さず、世界を股にかけて、法螺吹きまはる、ガラクタ宣伝使、口の悪い神ぢやと申すであらうが、昔からスツポンに尻を抜かれた様だと云ふ事があらうがな。其方が池の底のスツポンと認めた此方が、其方が悪事の一切をスツポ抜いてやりたぞよ。ウヽヽ、ブルブルブルブル』

 仏典の中に#仏魔仏教 が、神示の皮を被った#神人靈媒日記 などに 我よしの教えがちりばめてあって、何か可笑しくてよく分からないものは、遠ざけた方が無難です。
 普通は信じないですよ、だって無茶苦茶、脱線しているもの。でもね、これ集ストとか霊団に襲われて切羽詰まった心で、この主張をする人たちと付き合うと、不幸が一時的に止むんだそうです。
--まあ、原因はあいつらだからな、やめるのだって自由だわ。--
 それで、あんなバカな主張が真理だと勘違いしちゃうんです。

 人の心持ちによって
色(虚)が真理(空)【色即是空にもなるし、
真理(空)は色(虚)即是】にもなるって、
三蔵法師様は般若心経で伝えてくださっています。
 ただ、高姫程度が、地球や人類を滅亡というか我がものにして終了させようとする真の力の元とは思えないのです。それらの裏に隠れるとてつもない邪悪なものの正体がさっぱりわからないのです。この宇宙の創造主様で根源的な存在とご一体であり裏側に位置する存在、それくらいの凄さを感じています(これは黙示録で示される部分だと思います。)。そして、現在でもその邪悪が存在して、しかし地球滅亡とか人類滅亡は止めて、そこから解き放たれるエネルギーを全て自分のものにしようと画策していて、それと抗争中なのが今なんだということだと思います。

2022年4月22日金曜日

霊界物語28巻 「跋(ばつ) 暗闇」

 https://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rm289901 さんより

(古語を 置き直した部分が一部あり。)


一、

現代の社会は力そのものが物を言ふ。

力なきものは立つべき道理も立たず。

立つべからざる無理も、力あるものには立派に立つ世の中だ。


二、

○○に対して或方面から行つた様な無茶を塵ほどでも行つたとすれば、忽ち悪魔呼ばはりを受け滅茶々々に打ち砕かれて了ふであらう。弱者は自ら犯さざる罪をも謝せねばならぬ。強者は自ら犯したる罪をも平気で押し通すと云ふ現状だ。強者は自ら悪をなしても、之を甘く世間を誤魔化して却て無上の善行とせらるる暗闇の世の中だ。


三、

誤解を解くには他の誤りを正すが第一の善法だ。自己の正しき主張を明白に徹底的に、相手方に合点の行く様に弁明し釈明する事に努力せなくては成らない。何程誤解されても構はぬ、正しき神は御照覧遊ばすからと、惟神主義を保持して袖手傍観的態度に出づる者は、自分の無能と無責任とを表白するもので、結局神の国の為には、卑怯者又は反抗者となるものである。


四、

相手方の言ひ放題に何でも彼んでも御無理御尤もと承服するは、決して誤解を釈くの方法に非ず。却て誤解を増大ならしむるものである。相手方の強者になると、此方の譲歩退嬰を以て謙譲の徳とせず、好意と認めず、却て驕慢の心を強め此方の行動を見て、

「吾輩の臆測した通りだ、さればこそ吾の抗議や言論や行為に対して、ただちに譲歩したのだ」

と言つて澄まし込んで了ふものである。


五、

いわゆる“ご無理ごもっとも”の譲歩的態度は、相手方の無理を是認する事となつて了ふ。換言すれば譲歩退嬰は誤解を釈く方法に非ずして却て相手方の誤解を裏書し、益々その誤解をして増長せしむるものとなるのである。之例ば或る商品に対し、即ち相手方の無暗に値切るに任せて、損をして迄大負に負る時は、相手方の買人は此方の好意に満足するよりも、却て吾が売主が本来の掛値を吹き掛けたけど、うまく値切つてやつた、然し未だ少し計り高値であったかも知れぬが なぞと誤解する様なものである。何処やそこい等の立派な方々の中にも、右様の態度を持する人が十中の十まである様に感じられてならぬ。これも依然難きを避け易きにつかむとする所謂惟神中毒の影像かも知れぬ。


六、

他の誤解を解く必要あるはさることながら、それに増して尤も大切なるは、他を自分から誤解せざることである。又今日の世界の状態に対しては、誤解せない様に努むるのが最も重大なことである。即ち兵家の所謂能く彼を知ることが肝腎である。孔子は人の己を知らざるをうれへず。人を知らざるをうれふと言つた通りである。


七、

人間の身体内には一方に天国あり、一方に地獄を包蔵して居るものだ。要するに人間は天使と悪魔との雑種児である。現代の人間に於て殊更にこの傾向多きを悟らねばならぬ。故に神示には之を中有人間、又は八衢人間とたとえられて居る。


八、

世界の状態を正しく解せよ。現代は悪魔横行の世なることを。国際連盟とか云つて、表面から見れば、天国の福音とも見るべき平和条約が結ばれた。併し人類平和の随喜者、世界泰平の夢想者の希望した程、期待した程、注文したる程に役に立つもので在らう乎。


九、

獅子や虎や、狼が疲労の結果、休息し眠を貪つて居るとても、決して猫や羊や兎には化るものでない。きっと 元気回復して眠より醒むる時が来るのは当然である。一時の暴風に逢つて意気悄沈し、手をこまねいて何もしないで、ただそばで見ている拱手傍観で自分の為すべきことを知らざる化け虎や、化け獅子や、化け狼がそこい等の山の麓に、永遠的に蟄伏して居るのを見ると、血湧き肉躍り、只一人焦慮し活躍せざるを得なくなって来る。


一〇、

一難来る毎にその信仰と勇気を強め、快活に愉快に立働く誠の神国魂の人は、果して幾人あるで在らう乎。


一一、

僅かに不断の活動を継続して居るものは、飛行将軍を先導に五字の教祖、及び日の出神の生宮と称する一派のかたがた位なものだ。しかしながら地方に至つては、それ相応の活動を行つて居る真人も少しはあるさうだ。之がせめてもの吾慰安となるばかりだ。


一二、

三五教、無抵抗主義の真諦を誤解して、如何なる暴逆にも、無理難題にも屈服し、おぼしめし次第だとか、御尤も千万だとか言つて、極端な無抵抗主義を標榜するのも一つは考えものだ。

 遂には卑劣と、柔弱と、節操のない人間の卵とならなければ幸だ。只世間の評判や、新聞の悪評や、其他の圧迫などを気遣つて、正義の大道を歩むことさへ恐るるに至らば、最早其の人間は駄目だ。製糞器か、立つて歩行く樹木か、拙劣なる蓄音機の様なものである。斯うなれば最早人格も何もあつたものでは無い。他人の尻馬に乗る許りが人間の勤むべき道では有るまい。


一三、

世間の評判や新聞の批評ほど当てにならぬものは無い。評判が良いからと思つて安心して居ると、忽ち背負投げを喰はされるものだ。一昨年以来悪鬼羅刹の権化の如く悪罵され、全国の新聞紙上に曝された東西二人の男女があつた。然しその男女に直接面会し、その思想や行為や態度を実見したものは、百人が百人まで世評や新聞記事の当にならないばかりか、全く正反対の人物たることをうなずくであらう。黒雲に包まれたる大空の月も、仇雲の扉をひらいて其瑞々しい姿を現はす時は、暗黒の地上も直に瑞光燦爛たる神姿を見る事が出来るであらう。(了)

(昭和一〇・六・八 王仁校正)

2022年2月9日水曜日

スターシード

 ずっと昔に、自分は阿弥陀町から来た気がして、きっと魂の出身がアンドロメダ銀河なんじゃないのかな?という趣旨のツイートをしたことがあったのですが、今では自分は地球に張り付いている魂の転生だと確信しているんです。もちろん、こちらに生まれる前には、阿弥陀様の近くでちょろちょろして拝謁させていただいたこともあるような、ないような気がしています。


 地球がさまざまな魂の修行場だという説を受け入れたら、さまざまな宇宙からの転生者も、もちろん多いと思います。宇宙の地球以外からの転生者をスターシードと言うらしいのですが、今の地球の人間の95%がスターシードという記事( 95パーセントは宇宙由来の魂だった!)を見かけて、まあ、それが本当なら、「そちらが大多数で私たちが少数派で絶滅危惧種にゃり!」って思ってしまいました。さらに、世界の人口の推移を追うと、95%がスターシードで、これが原因で人口爆発してる可能性は十分にあると思います。

 

世界人口の推移

https://tokyo.unfpa.org/ja/publications/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E3%81%AE%E6%8E%A8%E7%A7%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%95%EF%BC%88%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%EF%BC%89 さんより


 後から宇宙からやってきたスターシードが地球の原住民より素晴らしい存在なら、地球環境なんて劣化しないよな。それならば、スターシードはやはり魂的には未熟な魂なんだろうなと簡単に推測がつくんです。


 本人たちはスターシード素晴らしい!って吹聴して、選民思想に酔いしれて、自意識過剰じゃないまともな人間をいたぶる奴を作るのに精一杯に力を注いでいるよな(選民思想の奴ほど使えないのよ、本当に!)。


 外国とは幽界であると日月神示は教えてくださいますが、地球への宇宙入植者はおおむね幽界からの魂なんですね。とても合点が行きました。どおりで乱暴な奴らだな。


 宇宙にはたくさんの魂が存在していて、地球にネガティブな影響をもたらすために地球に入植なんかしない普通に善良な存在が大多数で、他には、今の地球を陰から守ろうと一生懸命なとても善良な存在もいるけれど、侵略宇宙人もいて、その連中が今の地球の惨劇を作っているんですね。そして侵略宇宙人こそが、自ら幽界に落ちた侵略魂なんですね。それでも、極悪な奴なんて20%くらいだろうけれど、悪魔の笛の音で操作される連中もあわせて95%となると、気持ち悪いな。もう、混血が進んじゃってね。宇宙由来の遺伝子を持たない、もしくはほとんど発揮されない人となると5%くらいなんでしょうね。

 

 それで、医療従事者もビシバシとコロナワクチンを自らうって、なおかつ、他人にも推進する。そして、コロナワクチンを打つことによって、スターシードの目覚めが起きて、無事にニュータイプへと完全移行できるんですね。


 オールドタイプでいいじゃんね!

2021年12月10日金曜日

国祖神様 と みろくの世 と アセンション

1. 国祖神様は国常立尊神様

この神様は、この宇宙の創造主様であり最高神様

この神様は、ご変化なさるので、天之御中主の神様も国祖神様のご変化であられます

2. 国祖神様が一番初めにお創りになったのが、豊国姫神様。ここで人間が認識できる男女両性が発生したと考えられます。つまり、一め(はじめ)は、国祖神様は男神様でもなければ女神様でもなかった。必要を感じられて、つぎの(二の)段階で男女という異性を創造されたと考えます。

3. 国常立尊神様も豊国姫神様も、人間の認識レベルでは男性、女性の双方の性質をお持ちですが、神様の領域では、きっと国常立尊神様が男神様、豊国姫神様が女神様なのだと思います

4. この二柱の神様は、今は家族を形成なさっているわけではなく、別々にご活動なさっているようです。国常立尊神様が女性(神、臣民)を使ってらっしゃり、豊国姫神様が男性(神、臣民)を使ってらっしゃる場合が多いようです。

5. アマテラスの神様, ツクヨミの神様, スサノオの神様は、イザナギ神様とイザナミ神様の間にお生まれになった神様ですが、前述のように、いずれも神様なので男女の両生をお持ちのようで、どうしても男神様か女性神様か諸説の尽きないのは、そのためだと思います。私の考えですと、

・アマテラスの神様は男性魂(国祖神様の分御魂)に女性の衣(豊国姫神様のお身体)

・ツクヨミの神様とスサノオの神様は女性魂(豊国姫神様の分御魂)に男性の衣(国祖神様のお身体)で、この二神様は同じ神様の可能性が否定できないですが、いまだに当方としては不明です。

6. 古事記などに記されている天岩戸開きは、騙して開けた似非天岩戸開きであることは、この世の中の人心のすさみっぷりを観察すれば、否定の余地のない事実だと思います。言い方を変えれば、今は、体主霊従の世の中であることは間違いないです。古事記も日本書紀も似非天岩戸開きを決行した曲津神様方がお記しになった書物で、臣民にとって大切な真実は何一つ伝えていない、読めば読むほどワケワカメで頭がおかしくなるんだなと…。

7. どうやら、アマテラスの神様の正しい岩戸が開いた暁にアマテラス神様の御魂のご意向に沿った世の中の仕組みが「みろく神政」であり、司祭はスサノオの神様が執り行ってくださるのではないかと考えるようになりました。

8. アセンションとは、今の世の中(体主霊従の世)からみろく神政(みろくの世、霊主体従の世)へと変化することを指すようです。

9. アセンションとは、アマテラスの神様とご顕在なさった国祖様に世の中をお返しすることなんだとようやく合点がいきました。

10. 出口なお開祖様と聖師出口王仁三郎聖師様は、それを私たちに伝えてくださったし、みろくの世に移行できるようにご活動なさったのですね。

11. みろくの世って何だろう?ってずーと頭に引っかかっていたんです。霊界物語を27巻まで読み進めて、飯塚弘明さんの注釈も伺ったりして、ようやくみろくの世が怪しいものではないことがわかって、アセンションがなんであるのか?理解できました。

12. 何よりもアマテラス神様とスサノオの神様のことが理解できた(一人よがりかも;汗)のが一番嬉しいです。古事記とか依拠すると埒があかないんだなと。学術ってアブナイなとつくづく感じました。

13. 曲津神様方は国祖神様が実は大好きでらっしゃる。だって、彼らにとっても親ですもの。どうしても自分達だけ可愛がってもらいたい(実は、私はよくわかります。)から、世界の全てを大切にされる国祖神様に対して、可愛さ余って憎さ百倍になってしまって(私は、ここで憎さ百倍になる部分がわからないんです。)。でも彼らだって本当に大切にされているんです。国祖神様はエコ贔屓はできないと一生懸命説明しても、曲津神様たちは納得できなかったんですよね。非常に切ないです。

14. 曲津神様方は選民的思考から、自分達が日の本の国の臣民だと宣言して

「みんなを大切にすること」=「自分達を軽んじること」

「外国も含めた全世界を大切にすること」=「日本を軽んじること」

と考えて、これを「ハイカラ」と名づけたんだろうなと思うのです。


(注)出口なお様、出口王仁三郎様は、ご本人様方と大本教へのリスペクトも込めて、出口なお開祖様、出口王仁三郎聖師様と記します。

私は大本教組織とはほとんど関係はないのですが(知らないうちに関係があるかもしれないです。)、私も「お釈迦様を「釈迦」って呼び捨てにされるのは少し抵抗あるよな」と思ってこのように記述することにいたしました。



 

2021年5月22日土曜日

中学3年生の化学学習「イオンの化学変化」テキスト

サブブログ月夜の龍文章 中学3年生の化学学習「イオンの化学変化」テキスト  より移動(2021/12/16)


「中学2年生の化学学習について」に引き続き、中学3年生の化学学習「イオンの化学変化」について、生徒が見て学習できるテキストを作りました。今回は穴埋め方式ですので、参考書や教科書などで調べて学習してください。1日20分で2週間読むと終わる内容ですが、「中学2年生の化学学習について」のテキストが身に付いていたら無理なく進められると思います。もし、本テキストでつまづくようでしたら、

https://tsukiyonoryu.up.seesaa.net/image/E58E9FE5AD90E381A8E58C96E5ADA6E5A489E58C96-9e968.pdf

で再度学習してください。

 今回のテキストは下記からダウンロードしてください。

その他文献URL(当方記述)

  1. 中3第一分野(化学)イオン学習についての感想
  2. 原子量について
  3. 元素(element)と原子(atom)と元素量

 このテキストは、大人の方に向けて主張したいことが満載です。

 私がもし先生をしていたらすでにベテランと言われる年齢です。しかし、残念ながら、わが子は私が教えることにはあまり反応が良くないです。反抗期もあるのでしょうが、どうしても大人の感覚で話をするので少し難しいのだと思います。

 子の言い分では、学校の先生や塾の先生の話を聞いてようやく理解できるから私の話は面倒なんだとか。これは、私の至らない部分でもあるのです。

 でも、大人になって理解が進んでいる若い先生方にお伝えしたいことがたくさんあるんです。私もかなりひどい教育課程を受けてきたと思うんですが、それを上回る勢いの教育課程を受けてきているのが今の先生方なんじゃないかなと思うのです。何がおかしいのか?洗い出す能力を身につけることは、大人になってからも大切だと思うのです。そして、私もそれを社会人になって、ベテランの方々からご教授いただいたのです。

 最後に記事がすぐに反映されて良い方向に流れるとは、ちょっと期待してません。悪くするような流れができていて、現在があるのですから、もどかしさと諦めが私自身の心境です。それでも、あの時あの話を聞いといて良かったって思うことは、しばしばです。それで、あえてこのようなテキストを書くことにしました。そしてこの年齢になって、「化学って面白いのかもな!」と自分自身が思えるようになりました。

2021年4月27日火曜日

中3第一分野(化学)イオン学習についての感想

   イオンについては中3第一分野(化学)で習うのは、今も昔も変わっていない。

ただ、イオンの前に原子モデルを中3で習うんですね(これは中2に移しましょうと昨年提案しました)。さらに、今時分はボルタ電池の仕組みまで修学するようで、びっくりしました。


 私は電池の構造は高校の化学で習いましたが、大切なアプリケーション技術ですものね。中学生で習うのは良いと思います。それにしても、中3化学の内容が重いですね…。


 新指導要領の流れとしては、中3化学は、


1. 原子の構造

2. 電解質の水溶液は導電性

3. 純粋では電気流れないし、電解質も固体だと電気通さないけれど、水中で電離してイオンが生成されるから導電性を持つ

4. 原子モデルを使ってイオンのモデルを理解

5. 酸、アルカリ(いきなり感満点)

6. 水溶液の電気分解とボルタ電池の原理


と、読解しました。


 新指導要領は改定されたばかりですし、すぐに動きは取れないとは思いますが、一応 私の意見を記します。


  1. 1. 原子の構造は二年で習得したとします。
  2. 電気分解は2年で習うのですから、(2. 電解質…)4. 原子モデルを…の後に6. 電池の原理を持ってきて、その導入に復習がてら電気分解を習うべきだと思います。


 先生方にも、教授の自由度があるでしょうから、研究熱心で良識的な経験のある先生方は、すでに実践してらっしゃると思います。このような方々はこのお節介は無視してください。でも、経験の少ない若い先生方は、自分の若い頃を思い出すにつけ、こういったお節介助言も必要かなと思う次第です。年齢いった時に、こういう気持ちがこもって言ってくれてたんだなって思うこと、自分にはよくあります。

2021年1月29日金曜日

般若心経

再考「真理のことば」 の改訂を進めていますが、この文章は、追加章として執筆中の付録7「さとりと空」の原稿の一部です。記事さとりと解脱と涅槃記事 空相色合わせて 付録7「さとりと空」となります。

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 仏道の「空の概念」は、「空」という漢字が、「全てを貫く穴」と、かなり真逆の「からっぽ」の意味があることから、議論が混 乱してしまったのだと思います。これは、悪魔崇拝教のトラップが入り込んだ結果でしょう。般若心経に登場なさるのは、観音様 とサーリプッタ尊者様です。これをお釈迦様は必死でお唱えしながら仏道をお広めになられたのだと、私は推察しております。あ らかじめ、般若心経が悪魔に侵されにくいように、また侵された時を想定なさって、お作りになられたと思われます。以下に、こ のように考える理由を二つ記します。

  1. 第一点 我々が目にする般若心経は漢文なのですが、とにかく意味を捉えるのが難しいことです。かけ言葉もあるようで、返り 点など打てる状況にないのです。さらに短いですから、本体への改ざんは至難の技です。原文から受け取る情報は、読んだ 人によって異なり幅が広くなると思います。よって、いい加減な解説を権威づけたり、文章の切れ目を変えたりして般若心 経の真理を覆い隠しているようです。
  2. 第二点 般若心経は、音を大切に編まれた詩で、読み上げるだけで功徳があると言われている点です。私が聞き及んだ限りでは、 この音自体に魔除けとしての役割があるとのことです。したがって、漢訳なさった玄奘三蔵法師様も細心の注意をお払いに なって、漢字をあてられたことだと思います。

 神々様の仏弟子 (人間 )に対する愛情あふれるおはからいを感じる次第です。


   般若心経について、以下の点について考慮し、当方が考えた切れ目に沿って、全文・読み方・意訳を記しました。

  1. 【三行目】 五蘊については、一般に「人間を成り立たせている五つの要素。色 (しき)(=肉体)・受(=感覚)・想(=想像)・行 (ぎょう)(=心の作用)・識(=意識)。」(Oxford Langueages さんより)となっています。しかし、当方では、色 (しき) 肉体とは捉えず気の流れと捉えて、般若心経の読み取りも、十行目の「受想行識」を「想念、行い、知識を受け」と訳しました。これに伴い、色 (しき)(=肉体)...の「=」関係は成立しませんが、カッコ内の言葉を使うことが、現実に則してい ると考えました。したがって、本書では、五蘊とは 人間を成り立たせている五つの要素で、身体・五感・想念・行い・意識 であると再定義します。
  2. 【五感】 前述の五感は、一般に、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚とされています。
  3. 【十九、二十一行】 「眼」は「限」がかけ言葉となっているようですので、双方の場合の意味を記しました。「眼」は、一二三神示(日月神示)に出てくる艮(うしとら)金神様の目であり「霊能力」と考えました。
  4. 【十九、二十行】 この世は「色」が作る相にがあたかも真理のように横行し、人々を惑わしている訳ですが、「色」を最も認識する のが、五感の中でも「視覚」です。したがって、視覚()の情報により惑わされやすいから、聴覚()・嗅覚()・味 ()・触覚()・意識(;前頭葉)からの研ぎ澄まされた情報を大切にするべきだと主張していると考えました。
  5. 【三十二行】 大いなる教え(般若心経)の真理()を得たことから、悟りを得て涅槃へ到達するという道筋が示されていますが、 この順序はとても大切だと思います。日頃の「努め励み」と「慎み」に気を付けて生活を送るうちに、(実は)真理は与えら れるのでしょうが、正しい道筋である場合、自分では与えられたのか? 自分で気づいたのか? 判別ができないというの が、大方の正直な感想ではないかと思います。
  6. *1*2 】「垂」「圭」漢字はパソコンで出力できる字となりました。写経等で使用されている文字は「埵」と「罣」です。
  7. 【呪 】この字は、「真言」(真の言葉)という意味で、感覚的には「呪(のろ)い」とは逆です。



般若心経 (三蔵法師玄奘訳)

http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/religion/hannya.htm さん参照(深謝)


(一行) 観自在菩薩  (観音菩薩様が)

     かんじざいぼさつ 

(二行) 行深般若波羅蜜多時  (深遠な知恵を完成するための実践(熟考)されている時、

     ぎょうじんはんにゃはらみったじ

 (三行) 照見五蘊皆空  (人間を構成する五つの要素【=五蘊】と全ての空(真理)を熟考して

     しょうけんごうんかいくう

 (四行) 度一切苦厄。 (すべての苦しみを渡ることができた。

     どいっさいくやく

(五行) 舎利子、 (舎利子よ、)

    しゃりし

(六行) 色不異空  (色は空とは異らず、)

     しきふいくう

(七行) 空不異色  (空は色とは異らず、)

     くうふいしき

(八行) 色即是空  (色は空でもあり、)

     しきそくぜくう

(九行) 空即是色  (空は色でもあり、)

     くうそくぜしき

(十行) 受想行識  (【各自の】想念、行い、知識を受け、)

     じゅそうぎょうしき 

(十一行) 亦復如是。 (色は空に、空は色に帰せられるのである。)

      やくぶにょぜ

(十二行) 舎利子、 (舎利子よ、)

      しゃりし

(十三行) 是諸法空相、 (諸々の真理()は空相であり、)

      ぜしょほうくうそう

(十四行) 不生不滅  (【空相は、】もともと、生じたり滅んだりするものでもなく、)

      ふしょうふめつ

(十五行) 不垢不浄  (よごれていものでも、浄らかなものでもなく、)

      ふくふじょう

(十六行) 不増不減  (増えることもなく、減ることもないのである。)

      ふぞうふげん

(十七行) 是故空中無色。 (なぜならば、空は色ではない部分であるからだ。)

      ぜこくうちゅうむしき

(十八行) 無受想行識  (各自の想念、行い、知識を受けなければ、)

      むじゅそうぎょうしき 

(十九行) 無限()耳鼻舌身意 (創造主の艮金神の目【霊能】が無くとも、耳と鼻と舌と肌と意識が限り無く【研ぎ澄まされ】)

       むげんにびぜつしんに

(二十行) 無色声香味触法  (色のない聴覚・嗅覚・味覚・触覚・法を理解する。

      むしきしょうこうみそくほう

(二十一行) 無限() 乃至無意識界。 (創造主の艮金神の目【霊能】が無くとも、「限」限界がなくなり、意識界とは異なる 世界へと至ることができる。)

      むげんかいないしむいしきかい

(二十二行) 無無明 亦無無明尽  (そこに到れば、無明もないので、無明が尽きるということもなく

       むむみょう やくむむみょうじん

 (二十三行) 乃至無老死 亦無老死尽  (老と死がなくなるので、老と死が尽きることもなく

       ないしむろうし やくむろうしじん

 (二十四行) 無苦集滅道  (苦しみを集めることも、真理を滅ぼすことも無くなるので、

       むくしゅうめつどう

(二十五行) 無知亦無得 (【真理を】知ることもなければ、得ることもなく

       むちやくむとく

 (二十六行) 以無所得故。 (したがって、【真理を】与えられることもない。

       いむしょとくこ

 (二十七行) 菩提薩垂 依般若波羅蜜多  (悟りを求めている人々は、大いなる教えに依拠し、)(*1) 

       ぼだいさった えはんにゃはらみった

 (二十八行) 故心無圭礙。 (よって、心に疑いと妨げがない。)(*2)

       こしんむけいげ

 (二十九行) 無圭礙故無有恐怖。 (疑いと妨げがなければ、さらに、これにより恐怖が無くなる。)(*2) 

       むけいげこむうくふ

 (三十行)     遠離一切転倒夢想 究境涅槃。 (一切の逆転した夢想()から遠く離れている究極の境地が涅槃である。

       おんりいっさいてんどうむそう くきょうねはん

 (三十一行) 三十世諸仏 依般若波羅蜜多  (過去・現在・未来にわたる仏様たちは、大いなる教えに依拠しているので、

       さんぜしょぶつ えはんにゃはらみつた 

(三十二行) 故得阿耨多羅三十藐三十菩提。(この上なき真実を得たので、悟られているのである。)

       ことくあのくたらさんみゃくさんぼだい 

(三十三行) 故知 (したがって次のように知るがよい。)

       こち

(三十四行) 般若波羅蜜多  (大いなる教えこそが

       はんにゃはらみった

(三十五行) 是大神呪  (偉大な真言であり)

       ぜだいじんしゅ

(三十六行) 是大明呪  (悟りのための真言であり)

       ぜだいみょうしゅ

(三十七行) 是無上呪  (この上なき真言であり)

       ぜむじょうしゅ 

(三十八行) 是無等等呪  (比較するものがない真言なのである。

       ぜむとうどうしゅ

 (三十九行) 能除一切苦  (これこそが、あらゆる苦しみを除き)

        のうじょいっさいく

 (四十行)   真実不虚。 (真実そのものであって虚妄ではないのである、と。

       しんじつふこ

 (四十一行) 故説般若波羅蜜多呪  (そこで最後に、大いなる教えの真言を述べよう。

       こせつはんにゃはらみつたしゅ

 (四十二行) 即説呪曰  (すなわち次のような真言である。

       そくせつしゅわつ

(四十三行) 羯帝羯帝波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提。 (往き往きて、涅槃に到り、さらに涅槃に入りしことが、悟りである。

       ぎゃていぎゃていはらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじ

 (四十四行) 僧莎訶 般若心経。(めでたし、大いなる教えの般若心経。)

       そわか はんにゃしんぎょう

2021年1月28日木曜日

空相色

再考「真理のことば」 の改訂を進めていますが、この文章は、追加章として執筆中の付録7の原稿の一部です。記事さとりと解脱と涅槃も同様です。今後は、般若心経についての記事を記す予定です。

 「空」という漢字は、穴かんむりと工からなります。工は巧みなものという意味がありますが、上下の横棒(―)は、それぞれ上の世界と下の世界を表し、結ぶ縦棒(|)により連絡されている世界を表していて、これにより巧みな物を表すようになったのでしょう。巧みな物の中で穴のようなものを「空」と呼んだのでしょう。つまり、私たちが上を見上げた時に見える空(そら)は、巧みな物の一部である地球に通っている穴という意味から「そら」に「空」があてられたのだと思います。ちなみに、地上にいる人間にとっては、空は広大で穴なんかじゃないので、創造神様が上から見た状況を表してらっしゃるのでしょう、きっと(汗)。

 議論を戻すと、「本来、空という字の意味は虚しいとか空っぽという意味ではなく、全てを貫く穴という意味なのです。全てを貫く穴とは不変なもの、つまり創造主(神様)がお創りになった真理であると解釈することもできるのです。実は我々が暮らすこの世の物質的な事物ですら、真理で作られていると考えています。科学は限定的ではあり、まだまだ未熟ですが、この世の中の物質的現象を不変的に説明する真理(法または法則)を探究する学問です。つまり、私の捉えた「空」は真理です。

 「空」の対局をなす「色」ですが、これはこの真理(巧みな穴の空)を、覆い隠しているもので、いわゆる気とも表現できる(エーテルでも良いのでしょう。)媒質の流れ(エネルギー流みたいなもの)ではないかと考えています。なお、この「空」は、穴なのでこのような気や気の流れは存在していないようで、次章に載せた般若心経の十七行目でも、「それゆえ、空の中には色がないのである。」と書いてあります。「相」という漢字は、目で見る木(気)と書きます。枝葉が張り巡らされた大きな木とその背景を含めた部分を母相(マトリックス)と見立てた時、このマトリックスは「空」と「色」の部分から成っていると捉えます。そして、それぞれの部分を、空相と色相と表現します。 

 このマトリックスを見て、真理部分の「空相」を認識するのが人間の務めです。しかし、次節に記した般若心経では、十行目の「受想行識」で記されている通り、各個人の想念と行いと知識により、「色」が「空」にもなるし、「空」が「色」にもなると十行目の「亦復如是」で教えてくださっています。この意図を受けている行が、六行~九行の「色不異空空不異色色即是空空即是色」だと思います。

 「色」は、人間の意思で無くすことができない、人間にとっては既存のものと考えて差し支えないと考えています。ただし、「色」は人間の念いによって流れ方が変わり、良い念いは良い流れ(色)を作り、悪い念いは悪い流れ(色)を作ります。しかし、一度形成された色は、善悪の性質を問わず、時間と共に姿を変え、場所により異なってしまいます。一方、空は時間や場所には左右されません。つまり、仏教で言う諸行無常とは、「色」の持つ特性であって、「空」の持つ特性はこの真逆の絶対不変であると考えられます。

 木であれば、木漏れ日をたよりに「空」を見い出すことは可能ですが、この世のマトリックスから空相を見分けるためには、人間は、自分の思い込みや先入観(色眼鏡)を外して、与えられた感覚全てを使い、マトリックスを観測するよう努めなくてはならないでしょう。各個人の想念と行いと知識により、「色」が「空」にもなるし、「空」が「色」にもなるので、心の汚れを取り払ってこの世の中を見なくてはならないのです。このために、お釈迦様は、煩悩や心の汚れがどんなものであるか、事細かに説かれ、その除去方法を説いてくださっているのでしょう。そして、人間には本来、それを正しく理解する力が備わっているのでしょう。どのような心の汚れが自分の中に存在するのか?を常に気にかけ認識し、なくす努力を続けることが大切なのです。

 ちなみに、私の経験では、空を認識した時(空を体現するともいう)は、必死で思考していた時でした。その時認識した空は、「物事も分別」もはっきりした答えが現れたというイメージです。これらが、自分がぼやっと普通にそれまで考えて(見て)いた「物事や答え(分別)」とは、かなり異なったことも事実です。ですから、空を体現することは、色相を取り除いて、実相である空相、すなわち真理を認識する事だと考えています。本来、禅定は真理を探求するために行うものですから、空を体現するために行うものでしょう。「禅定のためには心を空っぽにする」という説明は正しくなく、「心の汚れを取り払って、丹田に集中して、熟考する。」というのが正しいアドバイスだと思います。もちろん、思考などが上手くいかないときに立ち止まって頭や心を休憩することは非常に重要ですが、心をからっぽにするのではなく、邪念を捨てることが必要なのです。また、無相は「相を無くしてください。」となりますので、空相(実相、真理)までなきものにしてしまう呪文になりかねませんので、今後は、「無色相」という言い方などの工夫が必要かもしれないです。