2021年1月25日月曜日

さとりと解脱と涅槃

さとりと解脱と涅槃

「悟り」、「解脱」、「涅槃」について、浄土宗大辞典 Web 版(深謝)から抜粋させていただいたものを次に記します。

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  • 悟り (さとり):真理に目覚めること、あるいは(真理に)目覚めることで無明がなくなった状態。
  • 解脱 (げだつ):苦から解き放たれ脱すること、一切の煩悩や束縛から離れて精神的な自由を得ること。
  • 涅槃 (ねはん:苦しみが消滅した状態。仏道修行者の目指すべき到達点である。また涅槃は、煩悩の火が滅した状態、あるいは煩悩という薪たきぎが智慧の火によって焼き尽くされた状態に喩えられる。
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 まず、人間についてよく言われている、

「私は人間様だ、すごいだろ!」

「所詮、人間、汝の愚を知れ!」

は、どちらも、私には極論に感じ、好ましいと思いません。

 しかし、「上には上がいる。」という謙虚な自覚があることは、悟りを得るためには強い武器になると 思います。「上には上がいる」という標語的表現は、私も師から教わったのですが、確かに忘れがちなポイントだと強く反省した 覚えがあります。この姿勢を持たなければ、悟りを得る情報が自分に流れ込んでこない、否、流れ込んできても気づかないこと になるでしょう。

  悟りが得られると、執着していた事物から離れる精神力が得られます。それにより、新 しい悪い想念やカルマを獲得せず、既存のそれらの精算だけが進み、最終的にはこれらを一切持たない自分へとなります。人間の分類において、真人は悟りが得られた以上のレベルの人間で、御仏(ブッダ)は悪いカルマを一切持たない存在で、神道的には神人、キリスト教的には無原罪の存在と表現しているようです。

  さらに、神人、御仏との差を取る(よって「さとり」というと、師から伺ったことがあります。)ために人間の行うべき日々の生活における正しい行い(これこそ行) を、お釈迦様は私たちに知らせてくださったと考えています。

 仏道とは、悟りによる解脱で人間が涅槃へと進み真人や神人(仏) へと進化するための教えで、人間に与えられた非常に大切な教えだと考えています。