2019年10月18日金曜日

2019年 ウィーンの旅行(2) ウィーン宮殿編


更新 2019/11/12 その他の関連記事を記事の最後に付記

シェーンブルン宮殿(夏の居城)

オーストリア政府観光局 さんより引用
ユネスコ世界文化遺産にも登録されているハプスブルク家の夏の離宮シェーンブルン宮殿は、17世紀の末、皇帝レオポルト一世(優れた武将オイゲン公などを選出し後押ししてオスマントルコのウィーン包囲を撃墜した。)の命で、建築家フィッシャー・フォン・エルラッハにバロック様式の壮麗な狩猟の館に改築させたもので、18世紀の半ばに、女帝マリア・テレジアの指示でニコラウス・パカッシが拡張・改装を行い、現在の姿となりました。外観はバロック様式、内部はロココ様式で、1400室の部屋があり、現在その内の40室が公開され、外観の黄褐色はマリア・テレジア・イエローと呼ばれています。

 ウィーン市街地(リンク内)からは、地下鉄で15分ほどかかる場所にあります。しかし、この宮殿の周りはかなり広い範囲におよぶ繁華街という印象があります。シェーンブルン庭園の丘の上の凱旋門「グロリエッテ」あたりから遠方が眺められますが(写真1)、視界に収まる範囲は家で埋め尽くされています。この辺りは広範囲に渡り、人口が密集していることがよくわかります。ただ、日本と違い、シェーンブルン宮殿の周りは高い建物がないので--リンク内には5F以上の建物がそこそこあるのです。--、その眺めは家が張り付いた地面という印象です。
写真1
シェーンブルン庭園の凱旋門グロリエッテ付近から撮影したシェーンブルン宮殿と街並み


 私のこの旅行の目的は、音楽を聴きに行くというのが最優先でしたから、観光施設は列挙だけしてその歴史的背景などは、全く調べずに行きました。ですから、観光という意味では、オーストリアの皆様には申し訳ないくらい期待していなかったのです。観光本(地球の歩き方)は購入していたので、エリザベート皇后(シシィ)の情報はありましたが、女帝マリアテレジアや自分が世界史を勉強した時に随分と立派な方だなと尊敬したカール大帝のことすら、頭の片隅にもないくらいでした。
 そんな感じでとりあえず一番初めにシェーンブルン宮殿に行ったのですが、カウンターパンチを食らった感が半端なかったです。建物は本当にゴージャスで、庭園が美しいのです。これらの素晴らしい文化を目の当たりにした時に、ここでハプスブルク家は金、欲にまみれた家系だったのかなと、多少の侮蔑も持っていたことをおおいに反省しました。「ハプスブルグ家は偉大だった
という正しい認識が持てたことは、私にとってはとても重要なことでした。
 私たちは、10時頃宮殿に付き、15時頃退散したのですが、宮殿内の見学ルート(音声ガイダンスあり)、凱旋門までの散策と宮殿内のカフェでのランチで終わってしまい、とても見きれませんでした。他にも、動物園(パンダがいる;汗)、日本庭園などがあるのですが、回ることができなかったのが残念です。ここは丸一日いないと見学しきれないでしょう。

宮殿内見学
 まず、宮殿内の音声ガイダンスが付く見学ルートがとても長いのです。ここは、主に第一次世界大戦(ヨーロッパ大戦)を始めたフランツヨーゼフとそのお妃様のシシィについてが中心に、ガイダンスが進められます。少し、偏りが多いので、ハプスブルク家についての全体像がつかめないという難点がありますが、それでもかなり面白い見学です。ここだけで1時間は超えると思います。途中に、代々のハプスブルク家の人たちが書いた絵画が展示されていたのですが、この家系の方々は、とても絵が上手な方が多いのだなと驚嘆しました。私が好感が持てる絵が多くて、ウィーンの美術史博物館より楽しく絵を鑑賞しました。

 宮殿の敷地に入り、入場券を購入する部分も広くてとても綺麗でした(写真2)。この写真2の裏側が写真1のシェーンブルン宮殿の表側(記憶によるとです。)です。
 ランチは宮殿内の入り口に近いTortentheke」というお店でいただきました。この店、とても居心地が良かったです。利用客のほとんどが旅行者のためか、注文もしやすく、ケーキ類も一通り揃っています。「ザッハトルテ」と言っても、ウィーンでは通じないので、「チョコレートケーキ」と言わなければばならないのですが、ここでは、ザッハトルテと記載されたメニューがあり、それを注文すると、日本人にとっては正真正銘のザッハトルテが出てきました(💖)。そして、アイスコーヒーのLサイズを注文したら、日本人が思い浮かべる、普通のアイスコーヒーが満足いくほどグラスに注がれて出てきました。そして、味がとても良かったです。というのも、ウィーンのアイスコーヒーは、ちょっと私が考えているものと違うのです。甘めのアイスコーヒーにクリームが乗っかっているのです。ウィンナーアイスコーヒーとでもいう感じです。ビールはやはり安く、ミネラルウォーターよりも安価です。全体的にこのお店は安くはないのでしょうが、別段 高すぎず、ゆっくりできるので、初めての日本人観光客にはとてもオススメです。人で溢れかえってはいないのでゆっくりと足を休めることができますよ。
 そしてこの広場の入場ゲートが、鳥(ワシ?)なのです。多分、ハプスブルク家の紋章も鳥なので、それを表しているのだと思います。実物で見ると本当に立派ですが、写真でお伝えしきれないのが残念です。入場ゲートのワシを写真3に載せてみます。
写真2 シェーンブルン宮殿の敷地に入った時の広場
 左側手前に大きいお土産店があり面白いです。他にも宮殿内に2、3箇所ありますが、ここが一番大きいので、全てが揃っている感じです。
 ここで、確かチケットを買うのですが、結構並んでいました。ネットでシシィチケットや、シェーンブルン宮殿の拝殿券が購入できるので、購入しておくと、券売で並ぶ必要がないです。


写真3 シェーンブルン宮殿敷地のゲート
写真2の手前です。地下鉄の駅から5分くらい歩くと、このゲートに着きます。
シェーンブルン庭園見学
 シェーンブルン庭園の散策とは、ここでは宮殿から丘の上の凱旋門「グロリエッテ」までの散策のことです。
写真4 シェーンブルン宮殿と庭園
 庭は、花が整備されていて本当に綺麗です(写真4)。そしてその脇には木立が写真5のように道に緑の壁を作りながら植栽されており、この日は青空と木立の緑のコントラストによって息をのむほど綺麗でした。



写真5 庭園脇の木立の作る道



 途中には写真6のような噴水があります。この噴水は裏側にも行けて、写真を撮るスポットになっています。



写真6 
             1段目:庭園からの凱旋門グロリエッテと噴水
             2段目:庭園にある池と噴水
             3段目:噴水の上からの石像の写真
             
写真7:正面からの噴水の石像 
男性の神様の左手の所にグロリエッテのワシがとまっている。


 大体の人は疲れてしまうのですが、お天気が良ければ、絶対に凱旋門グロリエッテまで頑張って登ってください。ここから一望するシェーンブルン宮殿はまた格別です(写真1)。天気に恵まれたこともあり、凱旋門は近くから見ると(写真8)とても神々しかったです。

 

写真7 凱旋門グロリエッテ(上: 正面、下:横)

ホーフブルク(冬の居城;リンク内)宮殿   

 13世紀頃(1275年ごろ)にオーストリア公国公城として、オーストリア公オタカル2世によって建てられたと言われている。その後、オタカル2世が神聖ローマ皇帝ルドルフ1世(ハプスブルク家)に敗れ、ハプスブルク家の居城 兼 王宮となった[2]。
 それから、神聖ローマ帝国(オーストリア公国・オーストリア大公国)、そしてオーストリア・ハンガリー帝国の皇帝の宮殿、そしてウィーンの市壁(ドイツ語版)の一部として使用された。640年にわたりハプスブルク家の政治中枢であり居城であった宮殿で、ホーフブルク王宮とも呼ばれる[2]。シェーンブルン宮殿が夏の離宮で、こちらは冬の主皇宮として使用された。

 宮殿は様々な建物が増築された複合建築物となっている。現在この中には、
オーストリアの連邦大統領の公邸、
欧州安全保障協力機構 (OSCE)の常設会議場、
オーストリア国立図書館、
シシィ博物館、
イベントスペース
等が置かれている。


 ホーフブルク宮殿は、旧王宮(ホーフブルク王宮;写真8)と新王宮(ノイエブルク;写真9)からなります(地図1 参照)。


写真1 ホーフブルク宮殿 
宮殿の部分と思われる地域を白いラインで囲ってみました。この地図を頭に入れて歩くと楽です。宮殿の中にお土産やさんが何店舗かありました。 


写真8 旧王宮入り口
ミヒャエル広場からの撮影です。ここから観光用馬車が出ています。多分、ここがホーフブルク宮殿の顔だと思います。上の石像が素晴らしいので、下の写真を撮りました。

写真9 新王宮 
新王宮は地味目ですが、見所満載です。新旧王宮を二日かけて見学してみたいです。


 旧王宮には、
・銀器コレクション
・シシィミュージアム
・皇帝の部屋
・スペイン乗馬学校
・王宮宝物館
の見学施設があります。「銀器コレクション」「シシィミュージアム」「皇帝の部屋」は、シシィチケット(シェーンブルン宮殿見学件)で見学できます。銀器コレクションには、銀器もさることながら陶器もかなりの量が保管されていて、陶器好きにはなかなか面白いと思います(https://tabijozu.com/wien-hofburg さん参照ください。)。音声ガイドもあります。とても丁寧な音声ガイドで、勉強になりますが、やはりエリザベート王妃に関する説明がちょっと多いので飽きてしまうかもしれないです。

 新王宮には、
・古楽器博物館、
・武器博物館、
・エフェソス(民族)博物館
の見学施設があります。

 地図を参照してもらえると、ホーフブルク宮殿内の新王宮の南西に
・ウィーン自然史博物館
・美術史博物館

があります。

 ホーフブルク宮殿で見学できるものを列挙し、我々家族が見学した施設に*を付けると、
・銀器コレクション(*)
・シシィミュージアム(*)
・皇帝の部屋(*)
・スペイン乗馬学校(*主人のみ)
・王宮宝物館
・古楽器博物館(*主人と子供)(写真10)
・武器博物館(*主人と子供)(写真10)
・エフェソス(民族)博物館(*主人と子供)
・ウィーン自然史博物館
・美術史博物館(*)(写真10)

 決して外してはいけないと言われた、美術史博物館ですが、私はここに展示されている絵が好きではなかったので残念でした。しかし、見学順路最後の方の、エジプトのブースに行くと、綺麗な石の装飾品や美しい棺やロゼッタストンみたいなものが並んでいて、家族で興奮してしまいました。ちなみに、今回の旅行で、見学したブダペストの王宮にあるハンガリー国立美術館は素晴らしかったです。 
 後からネットで復習したら、旧王宮の王宮宝物館には行った方が良かったと思いました。
写真10 古楽器博物館、武器博物館、自然史博物館
                               (終わり)
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2019年 ウィーンの旅行(1)概要


2019年9月18日水曜日

JAL123便が墜落した御巣鷹山への慰霊


イントロダクション

 1985812日に群馬県の御巣鷹山にJAL123便が墜落しました。520人の方が亡くなられました。

 今回、訪れるにあたり、御巣鷹の尾根を訪ねての記事は非常に参考になりました。
 ありがとうございました。
 これから訪れる方は、参考になさってください。


場所、行き方

 慰霊目的で参りましたが、慰霊するための場所は二箇所
 慰霊の園

 昇魂之碑
です。

 この二箇所は車で40分くらい離れたところにあります。どちらも先ほどの記事にグーグルマップで位置が記されています。下記にも下仁田インターからの両方の経路をグーグルマップで検索したページを記しますので、ご利用ください。
 なお、昇魂之碑は名称ではグーグルマップで探せませんので、緯度と経度を入力して、グーグルマップにナビをしてもらってください。途中から携帯の通信はできなくなるのですが、GPSがついてたため、私のアンドロイドスマホは最後までナビをしてくれました。






昇魂之碑への登山道

 私たちは、昇魂之碑のみ訪れました。こちらは登山口の駐車場(6台くらいかな)から、40分ほど徒歩で登って行く山道で、到着地が墜落した場所だそうです。

 この山道は、とても整備されており、沢と併走したとても気持ちのいい山道になっています。下の動画と写真を参照ください。


写真中のジムバーネット氏の言葉にあるように、とても気持ちの良い沢の流れる音が聞こえてきました。下記の動画参照。


 登り切ると、JAL123便の墜落地点に着きます。そこには、昇魂之碑があり、お線香や祈願札がおいてあり、自由にお参りができます。
 祈願札は、大体が慰霊と交通の安全を願うものでした。
 お賽銭箱もおいてありますので、維持費の足しにしていただくこともできます。下の写真3枚が登り切った場所です。




感想

 昇魂之碑までの登山道は、本当に、安らかで清らかな場所でした。今回、訪れるにあたり、私は多少の恐怖を持っていましたが、御巣鷹の尾根のこの雰囲気にとても救われた思いが湧きました。本当に安堵しました。
 私は、小学生の低学年まででしたが、時々、叔父たちに、この沢の下流の沢遊びに連れてきてもらったことを思い出しました(この沢の下流は神流川です。)。
 JAL123便が御巣鷹山で不時着した晩、私は現高崎市の祖母の家にいました。とてもねっとりとした嫌な感じの夜でした(今から考えると、人が亡くなる時の感覚です。)。でも、当時、強く感じたいたたまれなさも、記憶のはるか彼方に行ってしまいました。

 実はこの事故に関しては、私には不可解な出来事があります。12年前の年の瀬に、図書館が休む前に、返却期限がこの日だったので、図書館で借りた本を返そうと、幼稚園から帰ってきた子どもを連れて雨の中なのに無理して、バスで図書館に向かった時です。ようやく、図書館に本を返した後の帰路に、上の子が雨の中で転んでしまいました。幼稚園でも疲れていたのでしょう。でも下の子はまだ一歳になったばかりで、私が抱っこしていたので、上の子を抱き上げるのが精一杯でした。そこで、近くにあったバス停で雨をしのぐことにしました。ここを通るバスに乗って行ったら、パパの会社につけることを確認し、
「そろそろ仕事納めも終わる時間だから、車に乗せてもらって帰ろうかな?と、子どもをベンチに座らせて時刻表を眺めて色々と考えていた時です。いきなり見るからに路線バスなのですが貸切という表示のバスが停まって、扉が開きました。そして、
「乗っていいよ!
と運転手さんが私に言うのです。私、何が何だか分からず、「このバスは貸切ですよね。」
と言うと、運転手さんが、
「貸切でも乗れるんです。」
 って言うので、乗ってしまいました。たくさんお客さんがいたし、少なくとも大通りに出てタクシー捕まえるか、「運が良ければパパの働いている工場に行けるしってな感じでした。
 しかし乗った瞬間に、生者の匂いがしないのに気づきました。そして、運転手さんの周りに数名の乗客の方が囲んでいて、みんなで、「日航機墜落のボイスレコーダーが発見されて、それを聞いていたら涙が出たよね。と言いながら盛り上がっていたのです。
「早く降りなくちゃ」と焦り出した時、隣の女性が降車ボタンを押して無事に降りていたので、次の停留所で私も降りるべく、もう、お財布からお金を出す元気もなく、行く時にバスに支払った料金と同じ180円(カッパのポケット用意があった)を手に握り降車ボタンを押しました。私が降りる停留所に着いた時に、バスはちゃんと停まってくれました。しかし、料金表示版の電気が消えていたので、運転手さんにお礼を言い、値段を聞いたら、「180円です。」
って言われました。私、瞬間的に、
「この運転手さん、私が手に握っているお金の額面を知っているな。
と思いつつ、無事にバスから下車できました。そのバス停の名前が、「稲荷社前」でした。降りたら、すぐに、空車タクシーが来たので、それに無事に乗車して大人しく家に帰りました。
 その直後、ネットで日航機墜落のボイスレコーダーを調べたのですが、特にトピックスがなくて、気になっていたまま月日が流れました。そして、再度、この事件が私の意識に語りかけたのが、宇宙への旅立ちブログで知り合ったホークナイトさんでした。そのお陰で、123便は事故ではなく事件(テロ)であったであろうという説に触れました。私は、
事故当時に感じたねっとり感は、死を意味すること、
貸切バス事件は、犠牲者(死者)の里帰り用全国循環バスではないか
と年を重ねて思うようになりました。

 主人か私の配偶者になる予定の人がJAL123便事件で亡くなっているのかもしれないと思ったり色々と考えてしまいますが、本当のことはわかりません。ただし、123便という名前がなんともひっかかるのです。
 御巣鷹の尾根で、手を合わせて慰霊に行けて、犠牲者の皆様の安らかな感じを受け本当に安心しました。合掌

2019年9月2日月曜日

2019年 ウィーンの旅行(1)

2019/11/12 更新 「この後、この順番で、記事にしていこうと思っています。」の後を変更

全体

2019年7月に家族で7泊5日のウィーン旅行に行ってきました。ハプスブルグ家がどんなに偉大な王朝だったか、肌で感じる、とても有意義な旅行でした。
 私は、ヨーロッパといえば、新婚旅行でトルコに行ったきりです。しかし、主人に言わせると、トルコはヨーロッパではないとのことで。微妙な線引きなのは知っていますが、建物の感じなどは、やはり似通っていたと思います。

 我々が旅行に行ったとき、ヨーロッパは熱波に襲われている時期でした。訪問先のウィーンとブダペストは、フランスほどではなかったですが、実に暑かったです。ヨーロッパの湿気が少ない暑さとはいえ、連日、34度の上に、極めて冷房の普及率が低いので、暑さの避難先がなくて、さすがに困りました。
 建物に入れば冷房が効いている日本は、つくづく ありがたいなと思った次第です。ただ、ウィーンの方々の名誉のために書きますが、ネットで例年の夏の気温を調べると、せいぜいが30度で、27-8度くらいしか最高気温が上がらない様です。確かに、エアコンはいらないのです。ウィーンよりはブダペストの方が暑さは、厳しかったと思います。

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ただ、ぶっちゃけ言ってしまえば、今年の日本の熱波に比べたら、はるかに楽なウィーンの熱波でした。
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 私たちは、ネットで飛行機を予約して、ホテルもネットで予約して、完全個人旅行でした。
 ・主人は、英語が何となくできること
 ・家族で固まるので何とかなる

 ということもあり、苦しい時もありましたが、旅行はそこそこ成功でした。ただ、初めての人や苦労を軽減したい人は、旅行会社のツアーに参加するのをお勧めします。だって、ウィーンって英語の看板はあまりないのです(ブダペストも同じですが。)。ただ、ウィーンは英語はとてもよく通じ、ブダペストはウィーンほどは通じない感じでした。

 旅程実績は表1です。予定ではもっともっと詰め込んでいました。やはり、飛行機の移動でも体力が消耗するので、この旅程でも体力的にはカツカツでした。

 ウィーンに初めて行く人は、必ず、「タイムトラベル ウィーン」に行くことをお勧めします。王宮やシェーンブルン宮殿の音声ガイドもとても面白いのですが、多少の偏りが気になります。しかし、この施設のガイドは広くウィーンを捉えるようにVRや3Dなどを駆使してプレゼンしてくれるので、とても好感が持てます。所要時間は、合計で1時間くらいで、このテーマパークの鑑賞の最後に希望者はちょっとしたコスプレで写真を撮ってもらうサービス(別料金)があります。旅の記念に是非是非お勧めです。私は、モーツァルトの衣装とかつらを羽織りました。この施設は、PCかスマホで予約して行くと、チケットが2割ほど安くなり、待ち時間もないです。ちなみにクーラーも効いています。


ホテル

最寄駅がU4地下鉄のシュタットパーク駅で、インターコンチネンタルホテルの近くのホテルを利用しました。1室あたり2部屋構成でとても広かったです。4名1室で、朝食がついて一人当たり8500円/日でした。日本に比べると随分安いですが、ホテルの清掃チップは、2ユーロ硬貨で3枚置いておくともって行ってくれますが、それより細かいお金で置いておくと、持って行ってくれませんでした。小銭の用意はちょっと大変でした(汗)。

移動手段

ウィーンでは、主に地下鉄を利用しました。
 到着時は、空港から市内までは、12ユーロかけてCAT(シティーエアポートトレイン)という直通列車で行きました。とても疲れているところで、思考力も下がっていたので、CATになりましたが、乗り心地はとても良かったのです。その時、もう夕刻だからか、お客さんが我々だけ?という状況で、怪訝に思いました。これは運賃が高いからなのですね。
 さすがに、帰路は普通列車(Sバーン)を利用し、3.9ユーロで済ませました。Sバーンは4つぐらい駅に停車しますから、人の乗り降りがあって多少厄介ですが、座れてしまえば問題ないですし、とても混んでいることはありませんでした。詳しくは、こちらを参照してください。

 私は、さすがに高いだけあって、CATはとても心地よく楽しかったです。ちょっとした贅沢を楽しむのも旅の醍醐味です。近鉄奈良線をわざわざ有料特急に乗るか否か?的なところだと思うのですが、余裕があれば、CATも是非お試しください。


 ウィーン市内は、トラムという路面電車と地下鉄で移動ができるのですが、小さなリング状のトラム線路
(昔の城壁
をリンク内と言っています。これを一周するトラムは観光用です。ウィーン市民が使うトラムでは乗り換えしないと、このリンクを一周できないようですから、注意なさってください。ウィーンの雰囲気を掴むために、トラム一周を進められていますが、私たちは、日数が足りなかったので、今回はトラム一周はしませんでした。トラムは結構利用客が多くて、車本体は古いものが多く、冷房も効いていないので、地下鉄よりは乗り心地は悪かったです。

 地下鉄やトラムのチケットを購入するなどのコンセプトが日本とかなり違っているので、戸惑ってしまいました。結局、私たちは滞在期間はWochenkarte(1週間券)一枚で足りたので、こちらを購入しました。子供(6-15歳)は1.1ユーロで、乗るたびに購入しました(その方がお得)。

 改札員や自動改札がなく、打刻をする機械と自動券売機があるだけなので、初めての日本人は本当に面食らってしまうと思います。詳しい説明はここを参照にしてください。


 ブダペストでも、地下鉄を利用しました。ハンガリーは地下鉄に乗るときに、いかつい感じの改札員さんがいますので、その人たちに自分たちの切符を見せなくてはなりません。しかし、改札口というものがあるわけでなく、おもむろに改札員の方が立っているところが、また目から鱗が落ちてしまいました。私たちは1日観光だったので、24時間トラベルカード(3300フォリント =1500円くらい、グループが対象, 最高5人まで )を購入して利用しました。この切符は一枚なので、改札員のところを通るには、グループが一丸となっていかないとダメなのでご注意ください。その他のブダペストの地下鉄券の詳細はここをご覧ください。
 ただ、ハンガリーでも改札員の人が立っているので、無賃乗車ができないとかいうのではなく、とても治安が良くなるのだなと思いました。ウィーンももちろん治安は悪くなかったですが、やっぱり管理する人が常駐しない駅ってちょっと怖いです。それを改めて感じたときに、日本の駅は、駅員さんが一生懸命働いてくれていて、その上に売店の人がいたりして、何かとセイフティーネットがきめ細かいなぁと、ちょっと感動しました。

 ウィーンもハンガリーも違法で地下鉄等を利用し見つかった場合は、罰金が取られるそうです。駅のシステムも切符システムも日本と違いすぎて、涙がチョチョ切れますが、ここだけば事前にきちんと調べてから旅立つことをお勧めします。





この後、この順番で、記事にしていこうと思っています。

2019年8月21日水曜日

外国人観光客か? 地下組織の人間もどきとシープドック勢力の連中か?

 最近、外国人観光客のマナーについて、いろいろと問題が提起されています。
 私も、その数が多いということ、
 マナーのポイントが日本の風習とずれている 
 という点では、とても問題だと思っています。

 やはり、年間に訪れてくださる観光客の方々が増えているのはありがたい反面、日本のインフラがそこまで追いついていなし、有本香氏が指摘するように観光業は水商売的な面もあるため、そこまで追いつかせる必要もないとは思っています。

 ただ、先日、日韓のトラブルの一連で、韓国人観光客が来なくなることについて歓迎だという趣旨のツイートをしました。補足しないと嫌韓ヘイトともなりかねないツイートだったので、ここで補足します。

 お金を払って日本に楽しむために観光に来てくださるのは、たとえ其の方が羽振りがさほどよくなくても、契約の範囲で最大限にサービスを提供するのが日本式だと思います。ですから、日本にはチップ制もありません。これはこれでとても誇れることだと思います。それは韓国からお越しになった朝鮮人の方にも同じです。

 しかし、今、このインフラが日本に足りていないので、韓国からお越しになる朝鮮人の観光客の方々が、政治的緊張を背景に来日できないということは、日本の観光従事者にとっては、少し休憩が取れ、体制立て直しのためにも、ある意味では好機なのも、実際のところです。

 話が変わりますが、私は韓国を牛耳る「朝鮮人なりすまし人間もどき」との日本の対峙は、不可避な時期に来ていると思っています。今まで、日本が強硬姿勢に出なかったのは、北朝鮮人間牧場を韓国にまで広げて、さらなる朝鮮人の悲劇を生みたくないという、気持ちがあったのではないかと思うのです(私はこの気持ちが強いです。)。防衛面でも守りたかったとは思いますが、朝鮮人の方々に、中国人の方々が盾になってくれたように、盾になってもらっていることを、日本はよくわかっていたから、援助を続けていたのだと思います。

 ですから、一時的な日本と韓国の今の悲しい状況は、朝鮮人と日本人の明るい未来のために耐えて通らなければならないと、私は思っています。しかし、下記の様な、世界観をまるっと無視したツイートを国会議員が平気でできる日本の議員のレベルの低さに唖然とします。表面上は正論なので、ツッコミどころは難しいと思いますが、時局を全く見誤ったツイートで、日本人と朝鮮人にとっての利益は全く産まないものです。自民党議員 武井俊輔のツイート この武井議員は、昭和天皇についてもなかなか積極的に発言しているということは、ヒロ憑き人ですね(アッハッハ)。

 話を観光客に戻すと、日本に海外旅行に来れる(インバウンド)人たちをはるかに凌駕した、外国人や人間もどきらが日本に来ているのではないかと思う今日この頃です(汗だってバター足りなさすぎでしょ!)。国境を越えられる宇宙人(爆笑!!!)みたいな。ゴーン氏の奥様だってパスポート4つ持っていらしたそうですから、冗談は抜きにして、人間もどきを含めたおかしな連中が、観光客や留学生を装って、日本中を闊歩しているという認識を持つと、本当に観光に来てくれたであろう観光客に対して優しく接することができるのではないかと思うのです。

 と言ったわけで、今日は宇宙人の話になってしまいました。

2019年8月20日火曜日

実写映画 「ライオンキング」 by ディズニー


 今日は、子供と映画  実写版「ライオンキング」を見に行きました。

 私は、ライオンキングの多分 前身であろう「ジャングル大帝」は、あまりにも暗くて好きではなかったし、「ライオンキング」も劇団中韓じゃなくて、劇団四季のドン引きする舞台で、正直言ってごめんこうむる的な印象しかなかったのです。

 でも、動物を見るのは好きなんです。動物園も割合に好きですし、サファリパークも大好きです。昔、NHKで「生き物地球紀行」(下はオープニング映像、重厚な素晴らしいOPでしたね。)が好きな父は毎週楽しみにしてみていましたが、私も時間が合えば一緒にみていました。



 私も年を重ねると、父と同様に動物は可愛いというか愛おしく感じるようになってきた感じがあります。
 でも、数年前に、「プラネットアース」というBBCのドキュメント番組の動物編を大量にレンタルショップで借りてきて見たのですが、15分も見ると嫌になってしまうのです。食物連鎖と弱肉強食ばかりでちっとも面白くないのです。
 また、現在も放映しているのかな?よくわからないけれど、「ダーウィンが来た」もナレーターとか優しく話すけれど、ちっとも心に響かないのです。食物連鎖の話が多くて、映像に優しさがないのです。まあ、ダーウィンと言われた瞬間にため息しか出ませんが…。
 
 今日見た映画 実写版「ライオンキング」は、科学番組ではないので、そういう鼻につくような映像ではなく、本当に動物が愛らしくて、自然が美しくて、涙が出るくらい感動しました。「紛争、飢餓、感染症の印象しかないアフリカってあんなところなのかな?」ってちょっと興味が湧きました。
 映画内では、食物連鎖についても輪という言葉で表現されていて、人間にとっては、科学番組もどきで使われている「トップが全てを支配する的な冷たい食物連鎖」という言葉よりも、ずっと好感が持てるのではないかなと。
 そして何より赤ちゃんや子どもライオンは可愛かったです。
 そうそう、首の長いネコ(キリン)や鼻の長いネコ(ゾウ)もたくさん出てきて、動物園に行ったみたいでした。下に予告編を貼り付けておきますね。


2019年8月6日火曜日

ジャバズハット 対 帝国 ➡️ 大村知事 対 河村市長

    大村知事は河村市長には勝てないです。大村知事の人相と河村知事の人相では、悪徳さ加減が天と地の開きがあります。例えをわかりやすくするために言えば、大村知事対河村市長は、ジャバズハット 対 帝国なのです。ジャバズハットの頼れる相手は、実は官邸なのですよ!

 大村知事のお陰で、忌まわしい東京−名古屋-大阪の三都物語構想が崩壊したのですから、私としては大阪公明党へ向けた感謝と同様に、心から大村知事に感謝しなくてはなりません。その代わり、相当、維新の背景にある強い悪党集団に恨みを買っていると思います。そうでなければ、今回の件がこんなに炎上するはずがないです。もちろん、光が炎上させたわけではありません。それが証拠に大村知事のことを非難する人たちは、下記ツイートを参考にしただけでも、危険極まりない人たちです。
 



 







 私は、知事があいちトリエンナーレの作品の選定の全てに目を通すことはできないとは思いますが、やはり、それを司る人たち(選定員)の選出には目を光らせなければいけなかったと思います。それは芸術を愛好する日本人として思う次第であり、プロパガンダは関係ありません。しかし、これに関しては、河村名古屋市長や日本政府にも同じ過ちがあると思います。でも、間違えなんて誰にでもあるから、上手に収束させないといけないのです。その能力を有していなければ、行政の長としては力不足となります。
 しかし、この騒動で、何よりも知事が行わなくてはならなかったのは、スポンサーである日本国をディスると言うあの非常識で下品な「表現の不自由展」の展示を行ってしまったことを、実行委員会委員長として、県民にしっかり詫びることでした。しかし、いまだにこれを怠っています。はっきり申し上げますが、今回の件は、憲法以前の品格と芸術の冒涜という問題です。

 きちんとお詫び会見をしないまま、河村市長と戦っても、コテンパンにされて終わりです。私としても知事の見方はできないです。あちらの方が目的は邪悪ですが、筋が通っています。この言葉が届くところにいらっしゃればと思い、大村さんに向かって書いていますが、希望は薄いです。

 ちなみに、ジャーナリストの有本氏はいつも有益な情報を届けてくださり、尊敬しておりますが、下記の氏のツイートに関しては、いささか如何なものかと思います。粗相をしたら、国民の命を脅かすような重大な行為でもないのに、「国会に呼んで吊るし上げる」的な発想は、韓国の歴代大統領がこぞってブタ箱にぶち込まれるのと似ています。まるで、維新の党や韓国政府そのものです。

 


 大村知事には、今年2/12の選挙で再任されたばかりですし、是非とも任期を全うしてもらいたいところですが、現状だとかなり危ないです。グッドラックを祈ります。

2019年7月3日水曜日

ノクターン


 技術はつたなく、自己主張が強い演奏ですが、奏者なりに歌っているところがあって
心に残る演奏です。
 取って付けた様ですが、ショパンは、やはり良いです。
 

2019年6月10日月曜日

「おおブレネリ」の歌詞

「おおブレネリ」

 スイス連邦(ロシア連邦と似ている名前ですね。)という国は、永世中立国で精密機械産業が発達しており、銀行業も非常に発達している国です。私は、スイスは永世中立国をうたいながら、お金に悪どく、武器も売る国として悪口をたくさん聞いてきました。私は、スイスの中立は白人の中での中立であって、有色人種は入っていないという認識を持っています。
 まあ、立派な軍隊を保持しているし、結構な軍事大国ですね。それ自体は悪いわけではないのですが、あの偽善が好きでないのです。でも、古代では高床式の建物が建っていた、割合、日本に近い文化を有する地域であったようです。
 位置から言ってもヨーロッパの中心でアルプスがある地域です。地図を眺めていて、その有能さから考えても、スイスがヨーロッパの中心的国なんだと気づきました。そして、彼らは、白人同士の戦争に加担できないということが理解できたのです。なるほど、だからスイスは永世中立国なんだと。
 私、スイスはヒルティー(政治家)という偽善者の本を読んでからあまり好きではなかったのですが、ヨーロッパのリーダーとして守り手として、かつては悪党(オオカミ)と戦ったけれど、勝てなかった歴史が、オブレネリの歌詞に込められているのではないかと思うようになりました。ヨーロッパの岩戸が閉まってしまったから、羊飼い(領主)たちは羊たち(人民)を守れなかったのだと思うと切ないです。下記のスイス版歌詞の3番には、岩戸から出てきた神様の予言があります。

通常のスイス版歌詞

1.
おおブレネリ あなたのおうちはどこ
わたしのおうちは スイッツァランドよ
きれいな湖水(こすい)の ほとりなのよ


2.
おおブレネリ あなたの仕事はなに
わたしの仕事は 羊飼いよ
おおかみ出るので こわいのよ
or 
おおブレネリ あなたの心はどこ
わたしの心は 山のかなた
なつかしふるさと スイッツァランドよ

3.
おおブレネリ 私の腕をごらん
明るいスイスを 作るため
オオカミ必ず 追い払う

4.
おおブレネリ ごらんよ スイッツランドを
自由を求めて 立ち上がる
たくましいみんなの 足取りよ

アメリカで作られた歌詞

. 
おおブレネリ(フレネリ)可愛い娘 君の家はどこ?
「私の家はスイスにあるの。木と石で出来ているのよ」

.
おおブレネリ 可愛い娘 君の心(感情)はどこ?
「ああそれは」彼女は言った
「あげちゃったわ。でもまたうずくの」

.
 おおブレネリ 可愛い娘 君の頭(知性)はどこ?
「それもあげちゃったわ。心(感情)と一緒にね。」


2019年6月6日木曜日

訂正


 ツイートとブログ記事の二箇所で、誤字などが発生しましたので、下記の(1)、(2)にて訂正いたします。

 ツイートにて社名を間違えました幻冬舎様には、心よりお詫びし、謹んで訂正いたします。

(1)https://twitter.com/cncn1549/status/1136258424998486016  より
 誤)幻冬社正)幻冬舎


(2)https://longtext.blogspot.com/2019/06/blog-post.html    
   →赤字訂正(下参照)


2019年6月4日火曜日

日本国憲法 前文(2019.6.6訂正)





日本国憲法前文
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
 そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

********************

 とても素晴らしい全文前文です。

 黄色い帯の部分は日本だけではなく、外国も含めた規定になっていることがお分かりでしょうか?実は、日本国憲法を日本だけに当てはめるからおかしな憲法と言われてしまうのです。今現在、中共が行なっている政策が全てこの憲法では違反とされるものです。

 最後の黄帯部分を書き換えます。

日本国民は、
「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、各国が自国の主権を維持し、他国と対等関係に立てるような崇高な理想と目的を達成すること。」
を、国家の名誉にかけ、全力をあげて誓う。 

 要するに、世界平和を実現するためには日本が世界の中心になることを、この日本国憲法は謳っているのです。しかも、大東亜戦争敗戦国とされている(?)日本の憲法に戦勝国(?)のアメリカが押し付けたという憲法の前文にです。

  一体どうなっているのでしょうか?ぶったまげです。

 先ほども書きましたが、この日本国憲法は日本にのみ与えられたのではなく、地球人類に与えられた憲法と捉えれば、この前文は極めて合点が行くのです。しかも、私は、神様という存在から与えられたと考えられますえています。スケールから言って、人間が書いたものではないのはわかっていたのです。だから、私は光からのプレゼントだと思ったのです。この憲法の平等や人権の精神なんて本当に素晴らしく、この恩恵をたくさん享受しました。ただ、所々、悪魔の手が入っているために改正が必要だということは、私も認めます。

 では、この憲法を遵守した国はどこでしょうか?
 一番遵守したのは、もちろん日本なのですが、次に遵守したのが、実はアメリカではないかと思っています。私は大東亜戦争日本本土戦に関しては、アメリカに非常に強い恨みがあります。アメリカの占領政策も極めて不可解なことがあります。しかし、戦後、アメリカが日本に大打撃を与えず、むしろ軍事力で日本を守っているのが実情ではないでしょうか?
 戦時中、あれだけ極悪非道なことをやった現実から逃げるアメリカには憤りも感じますが、本人たちが直視できない残忍行為をしてしまった過去の影響は本人たちが一番受けており、償いもしていると思います。
 KAZUYAさんが話をしてくれたパラオ、そしてフィリピンなども日本国憲法に従っている国々の1つではないかと思います。
 では、自分たちも日本国憲法を遵守しなくてはならないことなど無視して、一番蹂躙して、いる国々はどこかといえば、やはり日本の領土を奪っている、
 ロシア、中国(沖縄、尖閣)、韓国、北朝鮮(拉致問題、ミサイル発射)
の四カ国でしょう。
 ヨーロッパの国々は、表立った反日はありませんが、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視」した国ばかりの寄せ集めで、存続すらおぼつかない状況です。彼らは、この憲法が自分たちにも与えられた憲法であると認識し、自分たちの立ち位置と行動を反省する必要があると思います。

2019年5月29日水曜日

「広がる慈しみが大切だよ。」と、ちょうちょが教えてくれました。

 今日の曇り空のお昼、私は足早に駅に向かって歩いていました。足元の先にある草むらに、ふと目を向けたら、私の足元をモンシロチョウが、力なくふわふわと飛びながら過ぎて行きました。

 弱々しい飛び方で、草むらに向かって飛んでいく姿を見て、昨日の荒天でこの子も辛かっただろうなと不憫さと、その中をふわふわと飛ぶ姿に、小さな命の愛おしさが胸にこみ上げました。
 これはどうしたことかしら?って驚く自分もいるのですが、このちょうちょの姿から受けた感銘は消せませんでした。

「そうか、私たち人間は命に対する慈しみが不足して、それにより恨みの念が生成され、これが時として落雷のように人間に返ってくるから、通り魔や通り魔的事故が多発するんだ。と、気づいてしまいました。

 確かに、このちょちょは私に知らせに来たのです。
「私には、近くにいる傷ついた人や、怯えている人や動物への思いやりが足りないと、そしてそのほかの人たちも、人間であれば当然持っている慈しみの心が、見る影も無くなっていると。」



 お釈迦様の教えの、慈しみの大切さ、私も体得できていなかったようで、お釈迦様はちょうちょをおつかいになられ、それをお知らせされたご様子です。
 ちなみに、害虫駆除や食物などのための殺生は、致し方ないのですから、命に対する慈しみからは外して考えてください。

 まずは、家族や身の回りの動植物や物に対する慈しみを見直してみます。これを順次広げて世界平和へと拡張しなくてはならないのです。
 世界平和から家族や身の回りの動植物や物への慈しみの回帰は難しい、広がっていくことに人間の成長があると(涙)。考えたこともなかったです。ここが逆転したから、こんな悲しい事件や事故が起こるのですね。 合掌