お釈迦様は、悪による、ヴェータの改ざんをご存知でしたが、ヴェータの語義に通じることが大切だとおっしゃった。
ヴェータの改ざんを担ったのが悪であっても、その裏に必ず光の意図があり、それを読み解きなさいとおっしゃっている。
当時のバラモンの堕落っぷりは、もちろんご存知だったようですが、バラモンをなくしてしまえとはおっしゃってない。
やはり、王族貴族も必要だし、バラモンも必要。私はそう思います。
お釈迦様は、人間は、すべて同じだということをおっしゃったのではなく、違いがあってしかるべきで、その違いに応じての生き方があってしかるべきだというお考えだったという結論しか導き出せません。
しかるべき人がバラモンになる。しかるべき人が王族貴族(含 武家)になる。
そぐわない人たちがそれらの地位にあるこの時代だから、これほどまでに世の中がダメなのだとおっしゃっているのですね。
バラモンは出家の真人、王族貴族は在家の真人が望ましい。
ブッダの次に位置するのは、出家の真人なのか、在家の真人なのか?
きっと大まかな序列は、
ブッダ > 出家の真人 ≧ 在家の真人
なのかもしれないです。でも、不確かな結論です。