2018年11月16日金曜日

日本の平和ボケ

 最近になって、ようやく太平洋戦争での、世界での日本のポジションがわかってきました。
 学校では、米軍がレーダーを使って飛行機を認識できるけれど、日本は闇雲に米空母に突っ込んでいったと話を聞いていました。日本が全く技術的に劣っていても、まぐれで日清、日露、第一次世界大戦と勝ったのに調子に乗って、太平洋戦争に突入して、国力と技術力で惨敗…。そういったストーリーでしたよ。今から考えれば、3回もまぐれで勝つはずはないですよね。ロシア革命は、多少 そう言ったところがあったかもしれないです。
 昔から、国力、技術的な差を考えずに突き進んだというところは、とても恥ずかしいとも思ったのです。
 でも、宮崎駿さんの「風立ちぬ」(飛行機の開発を軸にストーリーが進む映画)を見て、日本の技術力が、全く劣っていたどころか、当時一級だったと、知るようになったのです。そして、百田尚樹さんの著書(永遠の0、日本国紀)で、なるほど、日本は自分たちの技術力や国力をきちんと客観的に見て、取れ得る限りの方策をとっていたんだなと、とても安堵しました。

 はたまた、私が物理を勉強した時に、ほとんどの分野が日本語で参考書が出ているのです。ふざけた理屈をこね回した部分も多いですが、これは英語でも同じです。自国語で勉強できるのが当たり前だと思っていたのですが、実はこれが当たり前ではなかったのです。
 チェコとかは、力学からすでに英語で読むしかないのだそうです。だから、彼らは研究者として日本に就労できても、日本語なんて覚えません。自分は苦労して英語を習得したから、私たち日本人も英語で対応してくださいって態度丸出しで、全く日本語を覚える気がありません。こちらは、「日本に来て、日本の企業からお給料いただいて、さらに研究までさせてもらって教育までしてもらって、何言ってんだよ!」って喉元まで出てきます。でも、国のお客さんなので、飲み込みます。大学に来ている中国人にもこういう人いたな。でも、仲よかったですが。

 こういう姿勢だと、現場の技術員は白けちゃうというか、英語なんか話せないのです。しかし、実験装置いじって、実験を正確に行うのが彼らの仕事です。純粋に日本人が日本で就労するために、日本企業に雇われて、必要な教育をされて、真面目に就労しているのですから、英語なんて話せる必要もないのです。

 この人たちに、外国人研究者が例の英語攻撃を貫くと、敬遠されてしまい、ホワイトカラーで来ても結果なんか出せません。しかも、現場の人とうまくできないと、うじうじしだします。
 あいだに入るこちらは、だって、現場の人、悪くないよねって思って、バカヤロー状態です。

 つい、外国人労働者の話になってしまいました。まあ、とにかく受け入れでは日本語の習熟をきちんと見ないとダメですよ。間違いないです。

 それと、老人介護者のお給料を平均で倍にして、地位をあげて、日本人労働者を確保できるといいと思います。日本人のお世話は極力日本人でと思います。そう言った意味では保育士も同じですが、基本的に、保育所は、経済的、または家庭の事情で家庭で育てきれない子限定にして欲しいので(あっはっは、時代と逆行。)それがお母さんと子供の幸せです。

 科学、農業技術者・就労者は、日本から学ぶことの方が多いことになります、きっと。
 でも、日本も人口減少が著しい上に、技術の伝承も非常に課題です。そして、日本の技術が平和的に利用されるのは嬉しいことでもあります。ただ、
 もう少し世界平和が実現してからの方が良いのか?
 はたまたそれでは間に合わないのか?

悩ましいところです。
 東南アジア、中央アジアの人たちは、割合に善良ですが、白人や中国人、朝鮮人、イスラム教徒はやはりまだまだ警戒が必要そうに感じています。人種差別ではありません。

 日本国紀を読んで思うのは、日本は2000年を通して、若干右寄りの国なんです。個を大切にするから、個に対してかなりの責任を課すのと同時に自由を与える。責任から逃れられる平和が続くと平和ボケになるのは、自由が与えられているからかなって。
 左寄りには、歯車としての責任しかないけれど、あまり自由がないものね。(ため息)