白洲次郎さんと軍国主義、軍の暴走、日本国憲法
私が子供の頃は、第二次世界大戦、太平洋戦争当初から軍部の暴走があって、天ちゃんの言うことを聞かなかったように、TVのドキュメンタリー番組が放送されていたような気がします。家がアカだったからかな、そんな番組をよく見ていただけかもしれません。
学校の授業では、(子供が感じる程度の)報道ほどヒステリックさはなかったとは思いますが、なんせそんな部分は年度末にちょこっと教科書すら追わずにすっ飛ばす部分なので、あまりよく覚えていません。私は、大学入試にも、日本史を使いませんでしたから
、日本史のまっとうな勉強は中学が最後です。
要するに、子供の時の「軍はおっかない」がそのまま心に残ってしまっています。
白洲次郎さんの「プリンシパルのない日本」という本、主人が好きで買ってきたので読みました。だいぶ前ですが、その当時は、すごい人だったのかなと思ったのです。しかし、その後、色々な情報が入ってきて、私が白洲次郎さんを批判したことも覚えているのですが、私のあの批判は正しかったのかな?と今になって不安になってきました。そして、以下の二つのサイトに行き着きました。
特に、①は、私の心情をそのまま記してらっしゃる感じです。
私には、白洲さん自身は、自己陶酔が強い人というイメージがありました。まあ、容姿がとても優れてらっしゃり、お洒落ですから、そう感じるのかもしれません。
それにしても、東北電力の初代会長だったというのが、どうしても、いいイメージがわかないのです。電力会社ですから。
東京電力と、東北電力時代の白洲次郎さんがもめたのは有名な話です。東京電力は確かに嫌な会社ですよ。
東京電力フクイチは原発事故(テロだったという噂もありますが、まあ、津波の付随事故だったのではないかという思いの方が強いです。)だった一方、東北電力の女川原発はどうして無事だったのかしら?ってずっと思っていました。白洲次郎さんが安全を重んじる人だったので、その彼の影響が社風に生きていると、このサイトでは書かれています。
また、白洲次郎さんと憲法についてですが、彼は、敗戦から、憲法が公布される前後で、GHQとの交渉の最前線に立っていました(この立場が一番有名ですね。)。
最近、憲法を自分なりに考えてみようと思って、読んでみたりしているのですが、どうしても嫌いになれないのです。以前、私は日本国憲法は光からの贈り物だという旨を書いたと思うのですが、それに異論はないのです。白洲次郎さんも私が抱いた感覚と同様に感じてらしたようで、
「白洲は、『押し付けられたのは事実だし、素人が作った憲法だが、内容は良い。人の良いアメリカ人が占領軍となって作ったから、ずいぶん助かったんだ』と話していました」特に9条を評価していたという。(②)
と、書いてありました。私の感覚がそんなに的外れでなかったと知って、とても嬉しかったです。
日本国憲法がソ連政府や中国共産党に作られたらそりゃ一大事ですが、中国なんてほぼ敗戦国みたいなもので、ソ連は不可侵条約を破ったとんでもないヤクザ国家ですから、作る立場にはいなかったのでしょう。本当にラッキーでした。
「プリンシパルのない日本」を、私が読んだ時期は、今よりずっと平和でしたから、あまり、軍や自衛隊を合憲にする必要はなく、平和を尊重したいと思っていました。今のような危機感がなかったのです。でも、今現在は、戦争放棄、自衛隊はどうしても引っかかるのです。それについて、しっくりとした言葉が、
「現在の厳しい国際情勢は、9条制定当初からは一変している。」(②)
と書いてありました。
(これ、これ、ここが違うのよ!って拍手喝采です。)
日本を背負った白洲さんや吉田茂さんが、光と闇の両方を持ち合わせてなかったはずはなく、
「白洲が一筋なわでは理解できない人物であったことは、確かだ。」(②)
という言葉に尽きると思うのです。
***************************
先日、
だからさー、軍の暴走はスサノオさんの暴走でしょ!それで日本や韓国を守ったんだってさー。原爆はエセ天皇の仕業❤️だよ。了解した?— 月夜の龍 (@cncn1549) 2018年5月8日
なんとも言えないですが💦
というメッセージが届いた時に、日本政府も悪い連中(現天皇派)ばかりの牙城ではなく、いい人たちも活躍していた、そしていい人たちが悪評価されていたのだと、改めて気づきました。しかし、いい人たちは、悪い部分も持ちながら、日本を守ってきているのだなって、私はまだまだわからなかったんだなって未熟さ、浅はかさを痛感しました。
白洲次郎さんは、軍の暴走が日本を守るために別の系統の陣頭指揮の下で行われたことや、あの戦争の本当の敵が誰だったのか、よく知ってらしたのではないかと思うようになりました。
さらに、白洲さんは、日本国憲法を「国の根幹にかかわるものなのに、細かく書かれすぎている。もっとザックリ書けば良かった」とも述べているそうです(①)。
これについては、憲法学者からたくさんの異論が出ていますが、私は、第九条をとって言えば、
第九条
第一項 永久にこれを放棄する
第二項 全般(第二項は削除が好ましい?)
は細かすぎる記述だと思います。
以下に第九条を載せます。
第二項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
そして、平和憲法の9条は、前述の別系統の陣頭指揮を将来的に封じ込めるために練りこまれた困った部分だとも思っていらしたのが、②でわかります。
「この憲法は占領軍によって強制せられたものである」「歴史上の事実を都合よくごまかしたところで何になる。後年そのごまかしが事実と信じられるような時がくれば、それはほんとに一大事であると同時に重大なる罪悪である」
後年そのごまかしが事実と信じられるような時がまさに今なのですが、その当時から、これを予言するのは、もはや神業だとしか言えないです。
たかが、ファーイーストの小さな国に、こんな憲法まで作って押し付けて、武力封鎖させる必要があったのでしょうか?しかも、基本的に日本人は温厚です。何を恐れたのでしょうか?何を恐れて2発の原爆を落としたのでしょうか?白洲次郎さんはその答えを知ってらっしゃると思います。
日本人の宝のような白洲次郎さんだったのかもしれないと思えてきました。誤解が解けて私にとってはとてもよかったです。
最後に、
白洲次郎さんが、
一筋縄では理解できない人物であったこと、
そして日本を守ろうと懸命に生きた志士であった事は、
確かだ。
と書き記して、おしまいにします。