2018年3月7日水曜日

強制不妊手術

 最近の話題で、強制不妊手術がありますが、昨日の朝日新聞の夕刊でようやくアウトラインが見えました。
 知的障害者等の障害のある人の出産という壁ですね。
 

 障害のある方にも人権を含めて保障されるべきことはあると思います。何よりも、最期の瞬間に生まれて来て、生きて人生を送れてよかったな!という境地でこの世を去っていただけたらベストです。これは、私にしたって同じです。健常者と言われる人たち全てにとって同じです。ですから、それに向かうために、公は公費を投入して、障害のある人たちへの必要な援助・支援をすることは、公の義務だと思います。
 では、自分に障害があることがわかった時に、健常者と同様に子供を出産する権利があるのか?という問いは、人の生死を語るのでとても難しいことで、安易には語れないのが恐ろしいところです。しかし、自分の生を20歳〜50歳台で、かなり健常者より多く他所様の手を借りないといけない、自分の両親は歳をとって行くところで、果たして、その人たちが子育てを健常者と同等にこなせ、自分の子供を健常者として育て上げる事ができるのか?というところに、優生保護法の強制不妊手術の意図があったのかとも思います。

 正直言って、健常者と言われる私たち(私はかなり変ですが!!!)ですら、子育ては大変です。公立学校は何を教えているのやら???というご時世もお手伝いしてくれて、基本的な勉強まで家庭での協力が必要なのですよ。もちろん、乳幼児時代に、正しい日本語を語りかけて、子供が日本語を覚えるようにしなくてはなりません。これは、言語能力の発育にとても重要だと考えています。はじめに言葉ありきで、そこから思考の広がりができてくるのです。これらのことを考えると、やはり軽度であっても、知的障害がある人が子供を産んで育てるのは無理があるのではないかとも思うのです。

 私が知る明らかに知的障害を持つ母親の二人の小学生の子供は、障害のあるクラスにいます。PTAのお手伝いにも来てくれるお母さんですし、他の健常者で群れている感じの悪い人たちより真面目に仕事をしてくださるので、よほどマシですが、一つ一つの指示を出さないと動けないのです。そして、こちらが指示を出さないことや群れていて働かない人たちに、不満の態度を露骨に出します。私としては、「山住みの作業プラスこの人の相手か!」という気分でした。この女性が産んだ子供だって、似たか寄ったかで、彼女が子供を産まなければ、1名で済んだところを3名になってしまったのだと思うと、やはり大変な思いが頭をよぎりました。

 また、このような方々へ支出する公費も、健常者の税金ですから、知的障害者の結婚は素晴らしいけれど、出産は控えたほうが、ご自身も周りも楽だという考え方にも一理あるかと思われます。
 
 ただ、この朝日新聞の記事に紹介されている、現在60代で15歳で強制不妊手術を受けた女性は、知的障害を持っているのにも関わらず、自分の意思で60代になって裁判を起こすのは考えにくいですよね。彼女を利用している悪い人たちの想像も容易につくところが恐ろしくもなります。